賢者の知恵
2016年01月27日(水) 小林 恭子

キャメロン政権は「悪夢の連鎖」を断ち切れるか?
~イギリスのテロ対策を激変させた3つの事件

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パリ同時多発テロはイギリスにとっても衝撃的な事件だった 〔PHOTO〕gettyimages

文/小林恭子(在英ジャーナリスト)

昨年11月、英仏海峡を隔てたパリで発生した同時多発テロは、多くの英国民にとって、非常に身近な、衝撃度の高い事件となった。

現在、英政府はテロ警戒レベルを「最重度(シビア)」と位置づけ、2005年のロンドン・テロ(50数人が死亡した、複数の公共交通機関での自爆テロ)の再来を防ぐために必死だ。しかし、いつ大規模なテロ事件が起きてもおかしくはない。

シリアやイラク一帯に勢力を伸ばすイスラム過激組織「イスラム国」(IS、あるいはISILなど)に加わるためにシリアに向かう動きが、青年たちのみならず若い女性や母親にまで広がっているのが現状だ。

この15年間、英政府がどのようにテロと向き合ってきたのかを振り返ってみたい。

9.11以降、「敵」が変わった

かつて、英国で「テロ」と言えば、英領北アイルランド(アイルランド半島の北の6州)の帰属をめぐるテロを指していた。現地では英国からの分離と南のアイルランド共和国への併合を求めるカトリック系住民と、英国の統治を望むプロテスタント系住民が対立した(1998年和平成立)

しかし、テロ対策の対象は、2001年9月11日、米国での同時多発テロ(「9.11テロ」)以降、大きく変わった。

9.11テロについて、米政権がサウジアラビア生まれのオサマ・ビンラディンが主導するイスラム過激派組織「アルカイダ」による犯行と断定したことで、当面の敵はアルカイダとなった。現在はISやそのほかのイスラム過激組織を含むようになっている。

米国はビンラディンをかくまっているとされたアフガニスタンのタリバン政権に引き渡しを要求し、これが拒否されると、英国やそのほかの国とともにアフガニスタンに侵攻した(2001年10月)。03年には、「テロを支援する国」とされたイラクに米英や同盟国が武力行使を行った(イラク戦争)。

9.11テロ後、ジョージ・ブッシュ米大統領(当時)は「テロリストの側にいるか、こちら側につくか」を選択するよう世界中に迫った。

この時、米国にとって最も重要な同盟国として、ブッシュに寄り添うようにして行動を起こしたのが英国であった。

過去の歴史的つながりから、「特別な2国関係」を誇りにしてきた英国の外交方針を引き継ぐかたちで、トニー・ブレア首相(当時)はのちに「ブッシュのプードル犬」というあだ名がつくほど、米国と肩を並べてアフガニスタンやイラクへの侵攻に参加してきた。

イラクへの武力行為に関しては、英国内外で「国際的に違法な行為ではないか」という声があり、反戦運動が高まったが、ブレア政権はこうした声を振り切り、武力行使に参加するよう他国に呼びかける役目までも果たした。

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