水木しげる、最後のインタビュー 「生死について、人間について、自分が抱えていた疑問に答えてくれたのは、ゲーテの言葉だった」

2016年01月31日(日)
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「ゲーテ的な見方をする水木サンは大人物なんです(笑)」

――ゲーテは、「芸術には、すべてを通じて、血統というものがある」(44ページ参照)といっていますが、水木先生の妖怪画は鳥山石燕などに立脚して、よりグラフィカルな具体性を提示しているように見えるのですが。

水木 そうそうそう。石燕は参考にしました。あれは立派なもんです。日本の妖怪に関しては石燕の妖怪画が基準になってるんじゃないですか。石燕は尊敬できますよ。ノーベル賞なんかをもらうべきです。

妖怪は伝承があるから、創作しちゃいかんのです。妖怪は感じるものです。で、感じるものは世界共通です。日本人があっと驚くものを、エスキモーの人もやはり同じように感じる。妖怪というのは空白に見えて、実はそこに居るんです。

――漫画を描く上で、つきあっていて影響を受けたり、参考になったりした人物は居ましたか。

水木 居るにはいましたが、それほどでもないねえ。99パーセントは馬鹿だから、話せる人間は百人に一人ですよ。

――性に合わない人間ともつきあうべきだ(136ページ参照)というようなことをゲーテはいっていますが、水木先生もそんな人たちともつきあってきましたか。

水木 馬鹿な編集者がきてもマネーのためにOKして、向こうがいっていることを理解してやるわけですよ。

――馬鹿な編集者が多かったですか。

水木 多いんじゃないですか、給料をもらっている人間の多くは餓死する心配がないから、あまり努力はしないし、自分を解放する技術というものがない。編集者に限らず、サラリーマンの8~9割が馬鹿なんじゃないですか。

――では、そういう馬鹿は、どうやって生きていけばいいのでしょう。

水木 自分を理解することが大事ですよ。自分のことを正しく見られない人っていうのは勘も鈍いし、成功や幸せとは縁遠い。水木サンのように、ゲーテを暗記するまで読むのはいいことです。

――知識ではなく教養を身につけないといけないわけですね。

水木 そうすれば水木サンのように頭が進みますよ。勘が鈍くて馬鹿なグループからひとりでも脱出できれば、世の中がよい方向に進むんじゃないですか(笑)。

『ゲゲゲのゲーテ』(双葉新書)より抜粋掲載

 

水木しげる(みずき・しげる)
1922年生まれ。鳥取県境港に育つ。太平洋戦争時にラバウルに出征し左腕を失う。紙芝居画家、貸本漫画家を経て、少年誌にデビュー。代表作に『ゲゲゲの鬼太郎』『悪魔くん』『河童の三平』などがある。91年に紫綬褒章、03年に旭日小綬章を受章。07年に『のんのんばあとオレ』がフランス・アングレーム国際漫画祭で日本人初の最優秀作品賞を受賞。また、『総員玉砕せよ!』が09年にアングレーム国際漫画祭遺産賞、12年に米アイズナー賞最優秀アジア作品賞をそれぞれ受賞している。2008年度朝日賞。2010年度文化功労者顕彰を受ける。2015年11 月30日、多臓器不全のため逝去。享年93歳。

ゲゲゲのゲーテ
著者:水木しげる(水木プロダクション編)
双葉社刊、税込み896円
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