人工知能が台頭する時代に、子供たちに何を「教育」すべきか

2016年01月19日(火) 田村 耕太郎
〔PHOTO〕gettyimages

多様な価値観で考える「21世紀の教育」

イギリス系、アメリカ系、インターナショナルバカロレア系、インド系、中華系、シンガポールローカル系……シンガポールには、多様なシステムでカリキュラムを組む教育機関があり、ロボット工学からカンフーまで多種多様な塾にあふれている。

私はここで、多彩な教育観を持つ、多国籍多人種多宗教の親たちと「21世紀の教育」を常に議論している。

それだけでなく、世界初の汎用人工知能を開発する斉藤元章さんや、シリコンバレーで多くのユニコーン企業を興しているピーター・ティール氏らとともに「21世紀のテクノロジーがいかにわれわれの生活を変えていくか」を常々議論している。そのため私は、ほかの方々からみれば多少ユニークな教育観を持っているのかもしれない。

結論からいえば、「自分と向き合わせ、己を知らしめ、多様な仲間と経験を通じて、自分の居場所を見つけさせる」ことこそが教育の大きな役割だと思う。今までの教育現場が向上させようと務めてきた「能力」というものが、あまり意味を持たなくなる時代が早晩やって来るからだ。

身体能力の競い合いに意味はあるのか?

「近視矯正手術の意味は私にはわからない。そのリスクというより、裸眼視力に何の意味があるのかがわからない。コンタクトレンズの性能は向上し、価格は下がり、眼鏡だっておしゃれになった。そもそも原野での狩猟ではなく、スマホやタブレットを視るのが人類の日常となり、遠くのものを視る能力の意義が薄れている。次のインターフェイスはコンタクトレンズ型になるかもしれないじゃないか」

これは最近、眼科医の友人から聞いた見識だが、非常に腑に落ちた。これからはこういうモノの見方が大事なのだな、と。

軍事や介護目的で、人間の身体能力を底上げするパワースーツはほぼ実現レベルまで来ている。オリンピックのメダリストよりも速く、力強く、正確に動ける子供や老人さえ珍しくなくなりそうな勢いだ。そういう時代がすぐそこに迫っている。身体能力を向上させるギアが普及していくなか、「生身の身体能力」にこだわることに何の意味があるのだろうか。




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田村 耕太郎

(たむら・こうたろう) 前参議院議員。エール大学上席研究員、ハーバード大学研究員などを経て、世界で最も多くのノーベル賞受賞者を輩出したシンクタンク「ランド研究所」で唯一の日本人研究員を務めた。
国立シンガポール大学公共政策大学院名誉顧問、新日本海新聞社取締役東京支社長。
1963年生まれ。早稲田大学卒業、慶応義塾大学大学院修了(MBA取得)。デューク大学ロースクール修了(法学修士)、エール大学大学院修了(経済学修士)、オックスフォード大学上級管理者養成プログラム修了、ハーバード大学ケネディスクール危機管理プログラム修了、スタンフォード大学ビジネススクールEコマースプログラム修了、東京大学EMP修了。
2002年から10年まで参議院議員を務めた間、内閣府大臣政務官(経済財政、金融、再チャレンジ担当)、参議院国土交通委員長などを歴任。
シンガポールの国父リー・クアンユー氏との親交を始め、欧米やインドの政治家、富豪、グローバル企業経営者たちに幅広い人脈を持つ。世界の政治、金融、研究の第一線で戦い続けてきた数少ない日本人の一人。
2014年8月、シンガポールにアジアの地政学リスクを分析するシンクタンク「日本戦略情報機構(JII)」を設立。また、国立シンガポール大学(NUS)リー・クワンユー公共政策大学院の兼任教授に就任し、日本の政府関係者やビジネスリーダーに向けたアジア地政学研修を同校教授陣とともに実施する。
著書に『君に、世界との戦い方を教えよう 「グローバルの覇者をめざす教育」の最前線から』などがある。