電話はいかにして「プライベートなメディア」になり得たのか?
業務連絡から危険なアヴァンチュールへ
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文/原克(早稲田大学教授)

もともとは国家機関や主要産業の業務用

1877年、ドイツ帝国宰相オットー・フォン・ビスマルクは、郵政省総裁ハインリヒ・フォン・シュテファンから、耳よりな話を聞いた。

「昨年、電話というものが発明されましたが、これは、通信機関の歴史に、かがやかしい未来を作ることでしょう」

この報告をうけ、ビスマルクは興味を示した。

帝国の近代化には、科学技術が欠かせない。国策として、電話通信網を押しすすめてゆかねばならぬ。鉄血宰相の決意は固かった。

「ドイツ郵便の父」シュテファン総裁ばかりではない。19世紀の未来予測によれば、電話の使用目的は、国家機関や主要産業の業務用など、もっぱら「公的なもの」に限られていた。

なにせ、万事が欽定(きんてい)のお国柄である。電話線も国費でまかなった以上、私的な目的のために回線を使わせるわけにはいかないというわけだ。

1904年、王立バイエルン電信局局長H・シュテークマンの調査によると、ドイツ国内の電話設置台数は、およそ120万台。市民325人に一台の割合である。普及率はゆるやかであった。

それに対して、シュテークマン局長が視察旅行で調査したところ、アメリカ合衆国では1902年時点で、およそ230万台。市民35人に一台の普及率であった。

10倍の普及率――。20世紀初頭、合衆国は文字どおり「電話先進国」だったのである。

しかし、そんな合衆国であっても、電話の使用目的は、いまだ公的なものであることに変わりはなかった。シアトルの電話会社の算出によれば、1910年になってもまだ、全通話の70%以上が、商業関連ないしは公共に関するものだった。

ちなみに、プライベートな日常的身ぶり(ハビトゥス)のうちでも、もっともたわいないもののひとつは、電話による「おしゃべり(small talk)」であろう。なるほど、気のおけぬ友人との長電話は、今日ありふれた光景である。

しかし、電話が通信メディアとして普及しはじめた1910年代、プライベートなおしゃべりのために時間と金を費やしたシアトル市民は、ほんの30%にも満たなかったのだ。