夫が突然、難病になったら? 死に際までリアルに描いた夫婦の闘病マンガが教えてくれる「大事な人との時間の過ごしかた」

2015年12月、夫婦の闘病エッセイコミック『はっちゃん、またね 多発性骨髄腫とともに生きた夫婦の1094日』が発売された。最愛の夫はっちゃんを見送った漫画家・池沢理美さんにお話を伺った。 

美化せず本当のことを描きたかった。

第13話「祈り」より。八郎さんの旅立ちのシーン。それまでの壮絶な苦しみから一転、緩和ケア病棟にて静かな最期を迎えた

---八郎さんの最後はあまりに壮絶で、とても「安らか」とはいえない表現でした。亡くなったお顔も目と口が開いたままでリアルというか。作中でも池沢さんご自身が「安らかなお顔で良かったって言ってもらえないよ」と話しかけていましたよね。

映画で見るようなきれいなシーンではなく、素直に本当のことを描こうと思っていたんです。加賀八郎の生き様を美化したくなかったといいますか、ありのままを表現したかったんです。とくに、生きているときと亡くなったときの境目を漫画でも分かるように、“目の光”で表現しました。

---光がなくなることで死が決定するという?

飼い犬のガッツ(第8話「いのち」にて死亡)でも同じでした。呼吸がなくなって、目の光がなくなって。

看取る側であることを覚悟したときは?

第2話「多発性骨髄腫という病」より。八郎さんの入院から1週間が過ぎた頃。主治医からあらためて病気の深刻さを告げられた帰り道

---八郎さんと池沢さんは本当にラブラブなご夫婦でしたよね。池沢さんも八郎さんが病気になる前に、「はっちゃんが先に死んだら、あたし生きていけない」とおっしゃっていたそうですが。

はっちゃんが元気なうちから、そんなことを考えて泣いたりしていたんです(笑)。本人にもよく言っていました。そしたら「そうなったらキミは生きていけそうにないね」って。どうしてバラバラに死ななければいけないのかと思うだけで悲しくて。死ぬときは一緒がいいのにと思っていたんです。

---そんなに仲のいいご夫婦で、池沢さんが自分が看取る側になると自覚したタイミングっていつだったのでしょうか。

はっきり意識した瞬間はないんですよ。宣告されたときも、余命について説明されたりしてとにかく動揺してしまっていて。