読書人の雑誌『本』

なぜ能力の低い人ほど自分を「過大評価」するのか

気鋭の脳科学者が「ココロの盲点」を明かす
池谷 裕二 プロフィール

博士らは、ジャムの試食販売ブースで、6種のジャムを売る場合と、全24種を売る場合を比較しました。

立ち止まる人は24種のブースのほうが多かったのですが、実際に商品を買ってもらえる率は反対に6種のジャム売り場のほうが高くなりました。結果として、6種陳列のブースのほうが、7倍もの売り上げをあげたのです。

アイエンガー博士らはこの結果を「同時に処理できる情報には限界があり、許容量を超えると購買意欲そのものが低下する」と説明しています。

客のことを考えると「つい気を利かせて」たくさんの選択肢を用意してあげたくなりますが、選択肢が多いことは逆効果にもなるというわけです。言われてみれば、メニューが豊富なラーメン屋よりも、「うちは塩ラーメン一本だよ」と言ってもらったほうが、スカっと気持ち良いし、信頼できる気がします。

つづいては「コントラフリーローディング効果」について。これも選択肢過多効果に似て、直感に反する認知バイアスの一つです。

たとえば、こんな実験例があります。ある団体に所属するときに、希望すれば誰でも入会できる場合と、厳しい試練を経て仲間入りできる場合を設けます。すると、たとえ根拠のない無駄な儀式であっても何らかの入団基準があったほうが、入会後に、その団体への帰属感や愛着が強くなるのです。

脳は労せずに手に入れた(フリーローディング)ものよりも、何らかの対価を払って入手したものを好みます。これがコントラフリーローディング効果です。この効果が見られるのは人間だけではありません。私が研究室で飼育しているネズミを見てもよくわかります。

私は仕事柄、連日ネズミの行動を観察しています。通常、餌は皿に入れられていて、好きなときに食べられる状態にしてあります。もちろんネズミは十分に賢いので、レバーを押すと餌が出てくる仕掛けに変えても、すぐに学習し、上手にレバーを押して、餌を食べるようになります。

そこで、こんな実験をしてみましょう。2種の方法で、同時に与えてみるのです。一つは皿に入った餌、もう一つはレバーを押して出る餌。どちらの餌も同じものです。さて、ネズミはどちらの餌を選ぶでしょうか。

試せばすぐにわかります。レバーを押す率が高いのです。苦労せずに得られる皿の餌よりも、労働をして得る餌のほうが、価値が高いのです。

コントラフリーローディング効果は、多くの動物たち、たとえばイヌやサルはもちろん、トリやサカナに至るまで、動物界にほぼ共通してみられる現象です。

ちなみに、同じ実験を就学前の幼児に対して行うと、ほぼ100%の確率でレバーを押すことがわかります。成長とともにレバーを押す確率は減っていき、大学生になると五分五分の選択率となりますが、やはり、完全に利益だけを追求することはありません。

こうした脳の本質的なクセを知ると、労働の価値について考えさせられます。贅沢三昧で悠々自適な生活は、誰もが憧れます。しかし仮にそんな夢のような生活が手に入ったとして、本当に幸せでしょうか。

定年で突然仕事を奪われた手持ち無沙汰さからストレスを溜めこんでしまう「定年症候群」が近年しばしば話題にのぼりますが、働いて得た給料と、労働せずにもらえる年金では、おなじ1円でも価値が異なるというわけです。