我が子を虐待する親の「悲しい真実」~「バカな親がバカなことを…」で済ませてはいけない!

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わが子に対する虐待・ネグレクトが後を絶たない。児童相談所に寄せられる虐待の相談件数は年間8万件を超える。センシティブな報道を前に、私たちは虐待・ネグレクトをする親たちに「あり得ない」「どうかしている」といったような怒りにも似た感情を抱く。しかし、虐待・ネグレクトの問題は親だけの責任なのだろうか。その親を取り巻く家族や社会背景を丁寧に紐解いた『ネグレクト―真奈ちゃんはなぜ死んだか』、『ルポ虐待―大阪二児置き去り事件』の著者であるルポライター杉山春氏が、現代社会の「親のあり方」を考察する。前編では、3つの事件の親たちの生育歴や置かれた環境、虐待・ネグレクトに至るまでの過程に迫る。

親としての過剰な「生真面目さ」

わが子をネグレクト死させるような親は、「不真面目」で、どうしようもない人間である。そんな考え方が一般的ではないだろうか。

私自身、虐待が起きるメカニズムを知る前は、そう思っていた。だが、虐待事件を取材、執筆する中で、親たちには共通して、過剰な「生真面目さ」があることに気づくようになった。

最初にネグレクト事件と向き合ったのは、2000年12月に愛知県武豊町で、21歳の両親が3歳の女児を段ボール箱に入れて、餓死させた事件だ。父親は、大手製鉄会社の子会社の正社員で、母親は専業主婦だった。

この事件は、児童虐待防止法が施行されて1ヵ月もしないうちに起きた。私は、NHKの依頼で、地域の公的機関がこの親子の存在を知りながら、なぜ救えなかったのかを検証するために現地に入った。

その2年前の9月、19歳だった父親は、同い年の母親が生後10ヵ月の娘の足を揺すぶって遊んでいるところに割り込んで、その足を持って体全体を激しく揺さぶった。父親がなぜ、そのような行動に出たのかはわからない。

これは虐待の一つの形で、「乳幼児揺さぶられ症候群」という。その結果、幼いわが子は、柔らかな脳が頭蓋骨のなかで激しくゆすぶられ、硬膜下血腫を起こし、手術を受けることになった。

入院は37日に及んだが、その間、母親は熱心に子どもに付き添った。泊まりを代わってもらったのは、自分の父親に1度だけ。夫が泊まりに来た時には、簡易ベッドを明け渡し、自分はバスタオルを床に敷いて寝た。当時、彼女は妊娠していた。

退院後も、家から病院までの長距離を、バス代を節約して自転車で通い、医師に言われた通りに受診させた。この時期、家族が増えることを考え、家計簿もつけている。こうした働きは、母としての熱心さと「生真面目」さだ。

一方父親は、職場では、まだ若く給料はあまり高くなかったが、評価は受けていた。収監された後も仕事のことを気にしていた。彼にも仕事に対する「生真面目」さがあった。