500名以上が犠牲になった「エルトゥールル号遭難事件」
この悲劇をヨット歴20年の小説家が描き出す

『ブルーアウト』著者の鈴木光司氏

―1890年、和歌山県串本町沖でトルコの軍艦エルトゥールル号が遭難、多数の犠牲者を出しました。その史実に基づく本作では、エルトゥールル号に縁のある日本・トルコ両国の子孫たちが出会い、またも海の脅威にさらされます。

1世紀以上前の事故の様子が描かれる一方で、現在の危機が同時に進行するスリリングな海洋小説です。

エルトゥールル号の遭難事故から125年が経つ昨年、串本町では慰霊式典が開催されました。昨年末には日本・トルコの合作映画『海難1890』が公開されるなど、この事故は日本とトルコの友好関係を象徴するものとして知られています。

しかし、それを描いた小説がなかったんです。そこに目を付けた担当の編集者から、執筆を依頼されました。歴史上の海難事故が題材ですから、海に詳しくなければ書けないということで、僕に白羽の矢が立ったと。

―『リング』『らせん』とホラーのイメージも強い鈴木さんですが、家族を描く作品が多く、『光射す海』など海も大きなテーマにしています。

僕は子供の頃からヨットで太平洋横断をするのが夢で、今も変わりません。小説家になって作品がヒットした後、何より先にヨットを入手。それから20年以上、1万8000マイルの航海歴があります。

国内だけでなく、ここ数年は海外で船を借り、クルーズしています。クルーズと言っても僕の場合はとことん“野人”的。無人島を見つけてはボートを下ろして探検に行く。川を遡ってジャングルに入り込んだり、そんなことばかりやっています。

―その豊富な経験が、本作の臨場感に繋がっているんですね。エルトゥールル号事件の描写では、海を知らなくても、刻一刻と変化して牙をむく海の猛威にハラハラします。

エルトゥールル号の事故については、実は判明していないことが多く、原因もはっきりしていない。わかっているのは、2334トンの帆船で蒸気機関がたった600馬力しかなかったこと。そこに600人余が乗り組んでの日本訪問の帰路、東京湾を出航して太平洋岸を南下中に、串本沖で台風に遭遇してしまった。

2000トンに600馬力の機関は、ほとんど役に立ちません。僕が以前乗っていた45フィート(約14m)のモータークルーザーでも450馬力の2機がけです。その船で串本沖を抜けたことがありますが、900馬力のフルスロットルでもゴーンゴーンと波が船底を打ち、スクリューが宙をかいていた。

たしかに串本沖は難所ですが、当時の技術力を考慮してもエルトゥールル号は非力すぎた。おそらく、最初は強風でマストが倒れて前進できなくなった。次に舵が飛び、機関が水蒸気爆発を起こした。それで自然に翻弄されるがままとなり、悲劇が生まれてしまったのでしょう。事故原因や状況については想像によるものですが、描写は僕の経験に基づく実証的なものになっています。