賢者の知恵
2016年01月24日(日) 青木奈緒

日本のお正月を彩る「松飾り」のその後は?
江戸時代から受け継がれる「幸田家のくらし」

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(Photo〕iStock

四季を彩る折々のたのしみ、日々の生活を豊かにする智恵。日本人が大切に守ってきた生き方がここにある。曾祖父・幸田露伴、祖母・幸田文、母・青木玉、そして筆者へと、幸田家4代にわたって脈々と受け継がれてきた幸田家のくらしへの向き合い方とこだわり。 

鳥総松──とぶさまつ

文/青木奈緒(作家)

年の瀬、松飾りを買いに

師走の街に松飾りが売り出されるようになると、いよいよ暮れも押しつまって数え日となる。いつもの見慣れた商店街に数本の角材と筵(むしろ)でこしらえた露天の店ができ、きれいに丈をそろえた若松やしめ縄、紅白の紙垂(しで)に橙(だいだい)をつけた飾りものが、もうすぐそこのお正月を一段と近くに招き寄せる。

店番の男の人の足元には丸椅子と七輪が置かれているが、悠長に座っていては商機を逃すと思うのか、立ったまま行き交う人の流れに目を走らせている。

お正月の飾りものが歳の市や露天など、歳末限りの店でだけ扱われていたのは、いつのころだっただろう。浅草や薬研掘など、今も大きな歳の市が立つところは都内に幾つか残っているし、露天商もところどころに見かけるが、大方はスーパーや花屋さんなど、普段と変わらぬ店の一隅で扱われることが多くなったように思う。時の流れの中で、ほかにもっと人目をひく大きな変化に埋もれて、いつのまにか年越しの景色がひっそりと変わっている気がする。

四十年ほど前、私が小さかったころ、露天で商売をしている人たちは少しばかり気が荒く、近所の店の顔見知りの店員とは身につけている雰囲気がどことなく違っていた。仕入れた荷をいっときも早く越年の資金に換えたい事情もあっただろうし、ひとつでも多く売れればそれだけ懐がうるおい、売れ残ればみすみす損になることがわかっている。年の瀬のわずか数日で決まる商売なのである。

ぼんやり人のいい顔をしたお客は足元を見られ、昼間から酒の気を漂わせている店もあった。値段も、品ものの良し悪しも、ばらつきがあるのは当然のこと。松飾りを買うとき、母は必ず数か所見比べて、枝ぶりと値段の見極めをつけてから選ぶようにしていた。

「じかにさわっちゃだめよ。松脂(まつやに)はベタベタでとれないから」

母にそう言われて、新聞紙にくるっと巻かれた若松を持つのは私の役目である。ひと組だけならまだしも、近所の祖母、幸田文の家の玄関と勝手口につける分まで一度に買おうとすると三組六本。それなりの嵩になり、手元はばらけて持ちにくい。何度か持ち直すうちに新聞紙はじきに破れて、注意されていても家に着くころには手に松脂がついていた。

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