ナチス支配下で生きた最大最高の指揮者、フルトヴェングラー
~伝説の「第九」を聴きながら鎮魂する

【リレー読書日記・堀川惠子】
聴衆に向かってお辞儀をするフルトヴェングラーとそれを政治利用するヒトラー(PHOTO/gettyimages)

年の瀬なのに、庭が片付かない。今年の庭は季節が読めなかった。

秋に芳香を漂わせるはずの金木犀は猛暑後の冷え込みで9月には花を散らせてしまうし、年末には枯れ木になるはずのバラはまだ花を咲かせている。モミジの紅葉は12月までずれこみ、それもジワジワゆっくり色づくもんだから、庭掃除は年を越しそうだ。

年の瀬といえば「第九」。この時期、我が家のCDデッキにはフルトヴェングラーの「第九」、それも伝説のバイロイト盤が入っている。

フルトヴェングラーはドイツの誇る指揮者だ。カラヤンの前任者としてベルリン・フィルを率いた。第二次世界大戦の最中にピークを迎えた音楽人生は、ナチの歴史と背中あわせでもあった。

没後61年、フルトヴェングラー人気は日本でも根強い。今年も関連書籍の再版が相次いだ。『フルトヴェングラー 最大最高の指揮者』は2011年の増補版だ。丸山眞男はじめ多様な識者がフルトヴェングラーを自由に語りあっている。

当時、ナチはユダヤ人へのホロコーストを行う一方で、その蛮行を覆い隠すために音楽を利用した。その中心にあったのが「第九」。本書によれば1941~42年だけで「第九」の演奏会は31回。そのうち9回でフルトヴェングラーがタクトをふっている。

祖国に留まり、その伝統の中で演奏することを選んだフルトヴェングラーは二律背反に苦しんだ。ユダヤ人演奏家をかくまい、ナチから依頼される演奏を断り続けるも、巧妙に表舞台へと引き出されていく。

結果として、早くにイタリアから亡命した指揮者トスカニーニとの比較で批判され、戦後は公職追放の憂き目にあい、戦犯にされそうにもなった。祖国が独裁者の手に奪われた時、体制内抵抗者として己の職を貫く生き方がいかに困難なものか、フルトヴェングラーの生涯はよく伝えている。