歌手・加藤登紀子さんの「わが人生最高の10冊」

生きるのが「下手」な人たちに恋をして
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20歳の私には「自由」と「恋」が難問だった

私20歳の時に大恋愛をしてすごく変わったんです。本をよく読むようになったのはその時から。

それは大学に入って、演劇に打ち込んだ後、大学と演劇から離れていた時期でした。恋した人は太宰治に心底惚れ込んでいて。興味を引かれて手にとったのが『晩年』。文庫でも四六判の単行本でもなく、えんじ色のカバーをした、新書判ぐらいの大きさの本の手触りを、よく覚えています。

私もすぐに太宰の信奉者になりました。『晩年』の中ではとくに「葉」が好きで、「撰ばれてあることの/恍惚と不安と/二つわれにあり」とか「言葉は短いほどよい」とか「芸術の美は所詮、市民への奉仕の美である」とか、一行一行ノートに書き写したくらい。もう血肉になっています。今でもベッドの脇に置いて読み返しています。

太宰は主人公の人格やストーリー展開などの小説の中身よりも、そういうひと言に、必殺の力がある。その言葉に触れるとき、文学という袈裟を着ていない、書いている太宰自身の息遣いや匂いが感じられ、仕草までも見えてくるようで、彼と向き合うことができる。

それを感じ取ってからは、太宰治という人物も大好きになりました。20歳の私にとっては、文豪みたいな偉いおじさんのイメージじゃなくて、なんだか抱きしめたくなるぐらい(笑)、等身大の男の人だったんです。

恋をしていた20歳の私にとって重要だったのは、「自由」と「恋」の問題を解決することでした。というのも、実は好きになった人には恋人がいるらしいと分かったんです。キスしたらやけに上手だったから(笑)。

一瞬許せなかったけど、でも私が恋することで彼を独占して不自由にしたり、その相手を傷つけたりしたくはなかった。

その問題を考えるヒントをくれたのが、ロマン・ロランの『魅せられたる魂』。数日間眠らずに一気読みしました。

貴族社会で育った主人公のアンネットが、本当の自由とは何かを問う意識に目覚め、身分を捨てて私生児を育て、第一次大戦後の新しい時代に飛び込んでいく小説です。

「短いほどよい」という太宰の言葉を信念にしていた私だけど、このフランス人の長編を書く力には参りました(笑)。

男と女はいつの時代も、どちらかが自由でもう片方は少し不自由、という趣旨のことが書いてあったのが印象的でした。女が自由を選んで一歩踏み出す時、男は時代から取り残される。逆もまた同様。だから常に男と女はずれた時代を生きなければならず、これが一番の難問だというのが心に響きました。