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玉木宏主演『探偵ミタライの事件簿』誕生秘話
~累計550万部超のミステリーは「地元」だから書けた

明日から全国ロードショー
映画『星籠の海 探偵ミタライの事件簿』2016年6月4日全国公開(「東映」のWEBサイトより)


文/島田荘司(小説家)

「その気」にさせるために脚本を書いた

私は故郷の街福山市で、思えば作家としてのアンテナを何本も得ました。ラグビーをはじめとした各種スポーツに熱中したのも、運転免許を取ったのも、バイクに乗りはじめたのも、ギターコードを憶えてビートルズやロックにはまったのも、すべて福山時代でした。

気づけばこの街にはすべてがあったんです。祖国から東方で最も美しいと朝鮮通信使が賞賛した海、古代から名港とうたわれた鞆。紅葉の山々、白亜の城、近代的文化ゾーンに、幕末黒船と対した名老中、阿部正弘まで出している。

羽田皓市長の肝いりで、私が単独選考を務めるばらのまち福山ミステリー文学新人賞が、8年前から始まりました。

そうしたら2016年が福山市制施行100周年だというので、福山を舞台にした記念映画が作れないかと考えて、映画プロデューサーの友人、佐倉寛二郎さんや、羽田市長に持ちかけました。市長をその気にさせるため、私がまず脚本を書きました。何か具体的なものがないと判断できませんからね。

ある女性が犯した過失と、それを隠蔽するために練られた高度な策謀、という本格ミステリーの構造。これに恋人の青年が巻き込まれます。

感触はよかったので、続いてこの脚本見本を使って、私は原作となる小説を書きました。脚本化した、本格としての核の部分は物語の中心に据え、鞆出身の女優と、彼女の恋人の東京での物語をその前後に配して、福山での事件の、サヤとすることをもくろみました。

6時間ごとに三方向から機械的に潮が出入りする瀬戸内海、いわば月の引力が支配する「時計仕掛けの海」としての特殊性、神秘性を、本格としての事件構造に活用しました。このアイデアは、以前から持っていました。

そして太古の昔から「潮待ちの港」として全国に名が轟き、栄えてもいた福山の港町鞆。東方から満ち潮に乗って鞆に来航し、潮が停まるここで6時間待ち、今度は引いていく潮に乗れば、さらに西へ楽に行ける。

だから瀬戸内海は、陸路に勝る西日本の大通りで、空海や最澄、神功皇后、源義経、足利尊氏といった歴史の綺羅星たちが、みんな鞆に上陸して潮待ちしているのです。

瀬戸内海には大小の島々が無数にあって、この流入流出の潮流によって、各島の間の海は個別に複雑な潮流を作ります。戦国最強を誇った村上水軍、忽那水軍は、こういう瀬戸内海の複雑な潮流を知り尽くして、内海の覇者になったんです。