野球
奇跡の映像発見!
これが伝説の速球王・沢村栄治が投げる姿だ

昭和11年12月、巨人優勝時の記念写真。後列左から4番目、優勝旗を持つのが沢村栄治(当時19歳)〔photo〕講談社写真資料室

文/森田 創

まさか、そんな貴重な映像が…!?

それは、2014年12月23日のことだった。

東京湾に接する下町にあったプロ野球草創期の伝説の球場「洲崎球場」を追いかけて1年、調べ上げた内容を『洲崎球場のポール際』として10月末に出版した後も調査は継続していた。

ユーチューブを見る時でも、「戦前 野球」という単語を検索ボックスに打ち込むのは、哀しい性である。

検索結果の映像を見ると、その中に一つだけ気になる映像があった。タイトルには、「戦前・大学野球」と書いてある。早慶戦や六大学野球ではなく、わざわざ大学野球と書いてあるのは何故か。興味を覚え、さっそく再生してみた。

白いユニフォームと、少し色のついたユニフォーム同士が、野球の試合をしていた。

私は、眼を疑った。

内野スタンドの形状と白い布を張っただけの粗末なベンチ、球場に隣接する「中央自動車学校」と書かれた建物、外野の桟敷席スタンド、その向こう側に広がっている海と舟、スタンドの最前列を歩く売り子、試合終了と同時に投げ込まれる無数の座布団。

それこそ、私が「地球上にある資料は全て読破した」と豪語したほど、調べ尽した洲崎球場の映像に他ならなかった。2分11秒の動画の終盤には、表彰式らしき場面があり、トロフィーの授与も行われている。スタンドを埋め尽くした観衆が一斉に拍手し、8ミリの画面が揺れていた。

手元の資料によると、昭和11年10月13日に竣工した洲崎球場に、外野桟敷席が設置されたのは11月末のこと。翌12年4月のプロ野球開幕の際には、内野と同じく10段式スタンドに改造されているから、この映像は、昭和11年11月末~昭和12年4月の間に撮影されたものだ。

その間に、表彰式を必要とする、何かの決勝戦が行われたかどうかを調べればよい。

とっさに私の頭には、昭和11年12月11日に行われた、東京巨人軍と大阪タイガースの優勝決定戦が浮かんだ。

勝ち点2.5で並んだ両者が、年間優勝を賭けて3試合を戦った。沢村栄治の大活躍で、2勝1敗の巨人がプロ野球初代王座に輝いたが、3連戦はいずれも好試合で、両者の対戦はプロ野球の人気カードとなり、「伝統の一戦」の原点となった。表彰式でのトロフィー授与の場面は、当時の読売新聞も写真入りで大きく報じた。

しかし……そんな貴重な映像が、ユーチューブにあるはずがないじゃないか。半信半疑で、選手の背番号や動き、当日の試合展開を照合させるうちに、私は確信した。これは、まぎれもないプロ野球初の優勝決定戦の映像だと。