メディア・マスコミ

絶対王者・羽生結弦は「メディア対応」も世界一〜イチロー、本田圭佑、北島康介とはココが違う!

森田 浩之 プロフィール

「そしてテレビを見ているみなさんも、本当にありがとうございます」

そのとき羽生は、もちろんテレビカメラを見つめている。

インタビュアーに史上初の300点超えを達成した気持ちを聞かれると、こう語った。

「スコアは本当にびっくりしましたけれども、実際にここまで、カナダからこのNHK杯まで、ホンットに血のにじむような……ホンットにつらい努力を……努力というか練習をしてきたので……」。力を込めて繰り返した「ホンットに」に合わせて、羽生は顔をしかめてみせた。嫌なこともあったけど、つらいこともあったけど……。

そこからの展開がすごかった。

「……練習をしてきたので、まずその練習をさせてくださった僕のまわりの方々、サポーターのみなさん、そしてカナダのクリケット(クラブ)のリンク、そして自分が生まれ育った仙台のリンク……すべてに感謝したいと思っています」

トレーニングしたリンクにまで感謝の言葉を捧げ、羽生は小さく会釈する。会場から大きな拍手と歓声が起こる。インタビューに応える声の出し方、観客とテレビ視聴者へのアイコンタクト、感謝の言葉を捧げる相手。すべてが完璧だ。

メディアジェニックな天才・羽生結弦は、どこから来て、どこまで行くのだろう。

日本人アスリートの名言

今でこそ多くの日本人アスリートが、メディアを前にして物おじせずに話すようになった。名言として語り継がれる言葉を口にすることも、珍しくなくなっている。

しかし、何十年か前まではこんなふうではなかったという、ほのかな記憶が私にはある。そもそも以前は、アスリートの肉声が今のように映像や文字で伝えられる機会自体が少なかったのではないか。

おそらくそれはアスリートに限らず、多くの人々にとってメディアが非常に特別な存在であり、距離があったためだろう。メディアの側もアスリートを「使う」のが、まだうまくなかった。

日本のアスリートの言葉として人々が記憶しているなかで、いちばん古いものは何だろう。たとえばそれは、長嶋茂雄が1974年の引退セレモニーで口にした「我が巨人軍は永久に不滅です」かもしれない。

これが昭和の名言のひとつであることは確かだが、あくまで引退セレモニーというかしこまった場で発せられた言葉だ。おそらくは準備されていたものである(ついでに言えば、多くの人が「永久に」ではなく「永遠に」と記憶違いしていることも確かだ)。

長嶋茂雄には「長嶋語」と呼ばれる独特の言葉づかいがある。グーグルで「長嶋語」「長嶋語録」と検索すると、おびただしい数の「天然」な言葉が引っかかる。しかし、これらがテレビなどで流れたことは、当時それほど多くなかったのではないか。グーグルで検索できる「語録」も、どこまでが本当に本人の発したものなのか確認のしようもない。

長嶋がメディアジェニックなアスリートだったことはまちがいない。「空振りしたときに、ヘルメットが格好よく飛ぶよう練習した」「何でもないゴロを処理するときもファインプレーのように見せる技を研究した」など、テレビカメラや写真映りを意識していたとする数々の伝説がある。

しかし言葉についていえば、長嶋のメディアジェニックな名言は引退後に生まれたもののほうが多いように思える。「浪人」時代の1991年に世界陸上のリポーターを務めたとき、男子100mを世界新記録で制したカール・ルイスに向けて観客席から呼びかけた「ヘイ! カール」や、巨人の監督だった1996年に生み出した「メークドラマ」といった言葉は、どれも引退後のものだ。

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