賢者の知恵
2015年12月28日(月) 河尻亨一,加島卓

五輪エンブレム問題、根底には「異なるオリンピック観の衝突」があった

あの騒動は何だったのか?

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PHOTO:gettyimages

グラフィックデザイナーの佐野研二郎氏による盗作疑惑が浮上し、白紙撤回になった東京五輪・パラリンピックのエンブレム。応募条件としてデザイン賞の受賞歴が問われるなど、“プロフェッショナル”たちだけに限定された「選考方法」も指摘された。

そもそも、なぜこんな問題が起きたのか。2015年の年の瀬、デザインや広告表現を専門とする編集者・河尻亨一氏と、広告やデザインを対象にした社会学やメディア論的な研究をする加島卓氏が徹底討論。

デザインや広告の「正しさ」よりも「区別」を考える

河尻 慌ただしい年の瀬ではあるのですが、一般公募になった新エンブレムの審査も始まり、外部有識者による調査結果も発表されたこのタイミングで、今年を振り返るという意味もこめつつ、改めて「五輪エンブレムとデザイン」をテーマに加島さんとお話してみたいと思いました。

加島 「五輪エンブレムとデザイン」について話をする際、まず前提として共有しておきたいのは、人は「そもそもデザインとは何か?」といった関心を持たなくても、デザインを見ることはできるということです。

そのため、私や河尻さんのように、デザインや広告の周辺で仕事をしている者にとっては重要な「アートとデザインの違い」「広告代理店とグラフィックデザイン、それぞれの役割」といった大きな区別も、多くの人にとってはどうでもよいことなのかもしれません。

その上で、なにもデザインや広告の「正しさ」を知ってもらうというよりも、旧エンブレム問題についてはデザインや広告に関するいくつかの「区別」を踏まえたほうが、事態をよりよく理解できるかもしれない--というスタンスで話すことが大切だと考えております。

私の専門は社会学なので、「こうすべきだ」という立場では語りません。社会学は世の中が抱える様々な問題に対して「べき」論を唱えるというよりも、その問題に対してできるだけ多くの選択肢を整合的に示し、当事者にしっかり選んでもらう立場を採ります。問題に対して判定を下すような立場ではないため、「もうひと声!」と思われるかもしれません(笑)。

河尻 では、「もうひと声!」のパートは私が担当するとよいのかもしれません(笑)。加島さんが書かれた『〈広告制作者〉の歴史社会学:近代日本における個人と組織をめぐる揺らぎ』は大変興味深い研究書です。

私が現場取材を通じてずっと不思議に思ってきた、「アーティストでも企業人でもない“デザイナーや広告クリエイター”」という曖昧な存在が、どこから生まれてきたものか? ということを、膨大な資料を元にした考察で解き明かしている。著名デザイナーの過去の盗作騒動についても詳しく書かれていますね。

加島 デザインが日本社会のなかで認められていく過程には「盗作騒動」もありましたし、東京オリンピック(1964年)や大阪万博(1970年)といった国家的なイベントにデザイナーとしてどのように関わるのかという問題もありました。そういったデザイナーたちの悩みや揺らぎを「アイデンティティの歴史」としてまとめた本だと思って下さい。

河尻 2015はデザインの産業にとって、アイデンティティが大きく揺らぐ1年となりましたが、そんな状況において「五輪とデザイン」を語るのにもっともふさわしい方だと思います。

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