誰も知らないヘッドホン「奇跡の復活劇」
〜その普及と進化はくらしをどう変えたのか?

私的空間への欲求と科学神話の時代
〔PHOTO〕gettyimages

文/原克(早稲田大学教授)

「絶滅した恐竜がよみがえった」

1969年、驚きの一報が世界をかけめぐった。報じたのは、米国を代表する科学雑誌『ポピュラー・メカニクス』10月号。けっしてタブロイド紙などではない。信憑性がちがう。はたして、ジュラシック・パークと見まごうばかりの科学的大事件なのか。

もちろん、事態はまったく違っていた。

記事のタイトルは「よみがえるヘッドホンの時代!」。筆者はハンス・ファンテル。『ニューヨーク・タイムス』常連の科学コラムニストだ。専門分野は電子機器。最新のオーディオ機器を取材した、純然たる科学記事であった。

名物コラムニストは、「音量調節機能付き最新ヘッドホンH-876型」や「左右独立音量調節型」など、1960年代ハイファイ・ステレオ装置の普及にともない、つぎつぎと市場に登場してくるヘッドホンを端からとりあげ、解説・分析していく。まるで快刀乱麻を切るようだ。

記事は冒頭で、ヘッドホンの最新機種を「絶滅した恐竜」になぞらえている。科学コラムニストが、一般読者向けへの修辞的配慮として選択した「語り口」である。ありうべき編集意図だ。

その趣旨はこうだ。

1920年代、ラジオ定時放送が開始された。しかし黎明期、普及版ラジオ受信器の多くはスピーカーを介してではなく、もっぱらヘッドホンやイヤホンで聞く方式のものだった。

ちなみにドイツのラジオ放送が誕生したのは、1923年10月29日夜8時のこと。「もしもし、もしもし。こちらベルリン・フォックスハウス、周波数400」。記念すべき第一声がこれだった。以来、新奇のメディアは好評を博し、電波が本格的な情報ツールとして20世紀ドイツのメディア環境で、主役をはることとなった。

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1927年、ドイツ新即物派の画家クルト・ギュンターは『ラジオニスト』という絵を描いている。グロテスクなほどリアルに描き出された、ひとりの男の肖像画だ。右側には大型のラジオ受信機が据えられている。小ぎれいにデザインされた市販のラジオセット。メーカーはテレフンケンでもあろうか。そして耳には、大型ヘッドホンを装着している。

しかし画家の筆致は、どこか冷たくこの洒落男を突き放している。ラジオニストの過度な自己演出もふくめて。

後年、自作について画家は述懐している。曰く、「日曜日の市民である。すべて外界とは絶縁している。小さくうなりをあげるラジオセットと、両耳にあてたイヤホン。それに、一瓶の赤ワインとオペラのテキストと葉巻に囲まれ、自分だけの世界に閉じこもっている。執念深い独身男性の天国、電波でよろった音楽の要塞である」。