テレビが一番元気だった頃
70年代と80年代になぜ数々の名番組が生まれたのか?

1975年12月の銀座 〔PHOTO〕gettyimages

歴史は積み重ねである

歴史はすぐ風化する。70年前に終わった戦争の真実について、いくつも違う説が出ているのは知られている通り。最近では95歳で亡くなった大女優・原節子さんの個人史についても「報道と事実は違う」という声が複数上がっている。

たとえば、多くのテレビ・新聞は、原さんと小津安二郎監督を強引なまでに結びつけようとしたためか、「原さんが最後に人前に姿を見せたのは63年の小津安二郎監督の通夜の席」と報じた。

しかし、毎日新聞・鈴木琢磨編集委員の取材によると、原さんは68年に亡くなった脚本家の野田高悟さんの通夜にも姿を見せている。また、原さんは小津監督より義兄の故・熊谷久虎監督に傾倒していたという(同紙、12月8日付夕刊)。

70年代と80年代のことすら誤って伝えられることがある。一例は、昭和期におけるドラマの最高傑作と評される『岸辺のアルバム』(77年、TBS)についてである。「社会現象化した」と振り返られることがあるが、平均視聴率は14%台に過ぎなかった。

爆発的にヒットした『家政婦のミタ』(2011年、日本テレビ)や『半沢直樹』(2013年、TBS)とは違う見方をされていた。見た人の胸に焼き付き、静かに長く語り継がれる性質の作品だった。

歴史は積み重ねなので、過去を正しく捉えないと、現代も見えてこない。そこで、間もなく2015年が終わりを迎えようとしている今回は、TBSが発行する隔月刊誌『調査情報』の市川哲夫編集長(66)に話を聴きたい。