俳人・堀本裕樹さんの「わが人生最高の10冊」
~善き人と出会う「命の器」を磨く本

宮本輝さんの『螢川』とは、不思議な出会い方をしました。

高校時代のある夏の日、校門を出た向かいにある自動販売機でジュースを買おうと、百円を持って出かけたのです。ところが、一瞬気が変わり自販機の隣にある古本屋に足が向いて、どういうわけか百円だった『螢川』を手に取りました。喉が渇いていたはずなのに。その晩、一気に読んで、泣きました。

初めて小説で、人情の機微、人間の奥深さに触れる経験をしたのだと思います。当時は受験を控えて、どこか鬱屈した毎日を送っていましたから、螢の大群が輝くラストにはカタルシスを得もしました。以来、宮本さんの大ファンです。

そんな一ファンだった僕に、数年前、宮本さんの書評の仕事が舞い込んできました。喜んで一生懸命に書き、20年以上前の偶然に改めて感じ入ると同時に、これは“一念”がもたらした出会いだとも思ったんですね。

僕はもともと小説家を目指していて、俳人になったわけですが、いずれにせよ言葉に携わる仕事がしたいという一念でやってきた。その念が、宮本さんとの仕事につながったのだと感じています。

2位は中上健次です。中上さんは和歌山県新宮の出身。僕は和歌山市育ちですが、両親は熊野本宮の生まれ。中上作品にたびたび登場する熊野川で子供の頃は毎夏泳いでいましたし、登場人物の話す言葉は、両親や親戚の言葉そのまま。高校時代に読んで、ものすごく親しみを感じました。

十八歳、海へ』に収められている「眠りの日々」は、東京に暮らす〈ぼく〉が故郷に帰るところから始まります。駅に着くとサングラスをかけ、マイルス・デイビスを口ずさむ。カッコいいなぁと。ジャズを聴くようになったのも、東京に憧れを抱くようになったのも、中上さんの影響です。