賢者の知恵
2015年12月26日(土) 週刊現代

『あさが来た』広岡浅子だけじゃない
明治・大正・昭和をつくった「女傑」たち

週刊現代
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はつらつとしながら可愛らしいあさ〔PHOTO〕あさが来たHPより

『あさが来た』の勢いが止まらない。仕事に邁進しながら「だんなさま」をいつも想うヒロインのあさ。女性らしさとたくましさの同居した広岡浅子のような女傑は、まだまだ世に存在していた。

五代の娘は「最後の山師」

「子供を生み育てるいうことは、他のどんな新しい産業を興すよりもお国のためになることです。

どんなに働いていても人はいずれ死んでしまうし、お金は墓場に持っていかれへん。それよりも問題は、後世に何を残せるかです」

妊婦になって家にじっとしていなければならず焦れるヒロイン白岡あさ(波瑠)に、五代友厚(ディーン・フジオカ)が語った名台詞だ。絶好調の朝ドラ『あさが来た』は、『あまちゃん』『花子とアン』の最高視聴率を超え、30%の大台さえ見えてきた。同作の人気の背景には、モデルとなった実在の人物たちが近代国家建設に奮闘した「歴史の重み」がある。

あさのモデル・広岡浅子は、明治維新で左前になりかけた婚家の加島屋を立て直し、手に入れた炭鉱へピストルを懐に乗り込んだとされる。銀行や保険会社(現・大同生命保険)の経営にも深く関わっていた。そんな女傑が、実は他にもいたのである。

その一人は、冒頭の名台詞を吐いた五代友厚の次女・五代藍子だ。

藍子は明治9(1876)年に五代の愛妾・勝子を母として生まれた。五代が製藍業を興そうとしていた時に生まれたため、藍子と名付けられたが、10歳の時に五代と死別。本妻とは折り合いが悪かったため、単身上京して仏英和高女(現・白百合学園高校)へと進んだ。卒業後、亡き父・友厚と関係のある鉱山業につきたいと洋書片手に猛勉強をし、大正8年、44歳の時に五代の死後に他家のものになっていた伊勢・治田鉱山を買い戻すのである。

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