小説家・朝井リョウさんインタビュー
〜新作『世にも奇妙な君物語』のキーワードは「イライラ」

『世にも奇妙な君物語』著者の朝井リョウさん

―「現代を描く作家」として注目されてきた朝井さんが新作として選んだ題材は、'90年より放送が開始され、タモリがストーリーテラーを務めるオムニバスドラマ『世にも奇妙な物語』。同ドラマに心酔する朝井さんだからこそ書けるオマージュ作品となっています。

『世にも奇妙な物語』は、小学校高学年の頃から、物を書くことが好きな友達とよく見ていた番組でした。

短いながら起承転結がしっかりあって、スタンダードに怖い話もあれば、最後までまったく意味がわからない話もある。その自由さが好きだったんです。ドラマを観て、自分たちでも物語を考えて遊んでいました。

今の私は、とくに直木賞をいただいた後は、就活とかSNSの話とか、「現代社会を切り取る作家」のようなイメージで見られることが多かった。何かに縛られず自由に書きたいという気持ちが沸々と出てきた時期でもあり、個人的にはデトックスにもなって凄く楽しかったですね。

―楽しんで書いたと言っても、人物設定や構成などドラマさながらにこだわり、実際にドラマのプロデューサーともお会いしているそうですね。

はい。執筆前にプロデューサーにお会いする機会がありました。ドラマでは、2時間で5編を放映します。主人公の性別を偏らせない、年齢もバランスを考えているというお話を聞いて、私も全5話の構成にして、主人公も、5話のうち3人を女性に設定しました。

また、フォーマットとして重要なのが、現代的な要素があることと、どんでん返しがあるということ。現代的という部分に嫌気がさしてはいましたが、今作の目標を実際のドラマに採用されることにしようと決めた途端、子供の時のように夢中になっていました。

―第1話は「シェアハウさない」。なぜ、経済的に自立した人々がシェアハウスに住むのか。フリーライターの田上浩子が潜入取材を試みる―という、まさに現代の問題を扱った作品です。続く第2話は「リア充裁判」。「リア充」や「コミュ力(コミュニケーション能力)」という言葉はネットを皮切りに普及し、若者言葉として定着しました。

コミュ力って、人によって考え方が違うし、数値化できるものでもない。もし、コミュ力を検定する公式の制度があったら―と想像して書いたのが「リア充裁判」です。

「リア充」という言葉は、最初は単純に友達が多いとか、恋人がいるだとかの意味だったと思いますが、最近では、ハロウィンで盛り上がる系統の人のことをバカにするような言葉として使われている気がします。

でも、実際には、毎日たくさんの友達と遊んだり、出会いの場を企画できる人って、いろんな場面に出くわし、軋轢も経験している。実は能力が高いのではと思うんです。

一方で、単に批判する人というのは、自分には友達がいなくても物事を深く考えているから偉いんだ、という思い込みがあるのではという気がしていて。ちょっと天邪鬼な気持ちで描きました。