雑誌 企業・経営
「着メロ」ブームの火付け役! カラオケの高音質・多機能化を実現したエクシング・吉田篤司社長に聞く
業界最多25万5000曲
JOYSOUNDホームページより

通信カラオケ「JOYSOUND」を運営するエクシングを取材した。'92年にブラザー工業などによって設立され、そのIT技術により、カラオケの高音質化・多機能化を実現してきた企業である。ブラザー工業出身の吉田篤司社長(56歳)は、「着メロ」ブームの火付け役としても知られる人物だ。

よしだ・とくじ/'59年愛知県生まれ。'82年に慶應大学法学部を卒業し、ブラザー工業へ入社。経理部勤務、海外勤務を経て、'97年にエクシングの企画・経理部長へ就任。その後、総務・人事部長などを歴任し、'08年に社長就任、以来現職。業界最多の25万5000曲を誇る「JOYSOUND MAX」などを世に出す

【拡大】

ブラザー工業がカラオケを手がけたのは、常に時代を先読みし、次なる事業領域に進出してきた結果です。戦前、ミシンの国産化を実現すると、戦後の'47年には早くも輸出を開始しました。'60年代には、「ミシンの売り上げが好調なうちに事業領域を広げよう」と、タイプライターやレジスターの製造を始めています。

その後、'70年代にパソコンが登場すると「いつかパソコンで文書を作成する時代が来る」とプリンターを作った。さらにプリンターが好調だった'80年代には「次は電話回線を使ってデータを送る時代だ」と全国規模の回線網でパソコンのソフトを販売しました。

そして'92年、データの回線網を使ってカラオケの楽曲の配信を始めました。これが、エクシング設立のきっかけです。

【エース】

愛知県出身です。小中学生の頃は、真剣に野球に取り組んでいました。ポジションはセンター。私の所属チームが大会で上位に進出し、名門・中京大中京高校のスカウトが試合に注目して下さったことが今もいい思い出です(笑)。

チームプレーから学んだことは、「エースで4番」タイプの選手ばかり揃えても勝てないこと。やはり、足が速い選手や、小技が上手い選手がいるから作戦の幅が広がるのです。チームのみんながそれぞれ、突出した何かを持っているほうがよいのだと、子どもながら実感していました。

【思い込み】

私は'82年にブラザー工業に入社し、長く経理を担当していました。当時の私は、英語もロクに話せないのに海外事業に関心があり、経理の仕事を、内心「地味だなぁ」などと思っていたのです。しかし数年目に「経理なくして経営管理はできない」と気付くと仕事が面白くなってきた。

仕入れから売り上げまで、経営に関する数字がまとまっているから、幹部は「材料の高騰に対処せねば」などと対策を講じられるのです。その後は「僕は期待されているから経理担当なのでは?」などと勝手に思い込みつつ働いた覚えがあります(笑)。