日本「スネ夫」論 〜スネ夫の家が貧乏になった時、ジャイアン(米国)とのび太(アジア諸国)はどうするだろう?
特別対談 島田雅彦×白井聡
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新作長編小説『虚人の星』で日本政治の哀しい現状を鋭くえぐった作家・島田雅彦氏と、気鋭の政治学者・白井聡氏に、いま私たちが考えておかなければならない問題を縦横に語ってもらった。白井氏は「日本はスネ夫だ」と言う。その真意は?

日本の立ち位置は「スネ夫」?

島田 今回の小説(『虚人の星』)は、七つの人格を使い分けるスパイと、それから自身の中に交代人格を抱え込んでしまった総理大臣の一人称の交互の語りにしました。

総理大臣の方は、自分自身に近い「のび太」と、それに対して、右翼の政治家としては対米従属が一応原則だからアメリカの言いなりになっているんだけど、時にアメリカの注文よりも先走って追従しようとするキャラクターとしての「ドラえもん」と、二つの人格の間で悩んでいる設定です。

これはすなわち、日本とアメリカの関係なんですね。従来「ドラえもん」の比喩で言えば、日本がのび太でアメリカがジャイアンでしたが、ここはずらして、日本の対米従属、対米依存は、のび太がドラえもんへの依存から自立できない状態だと設定してみると、より現状に近いのかなと思ったんです。

「本当に自立したいのか」と、常に自民党の人には問いただしたい。一応対米従属をやりながら、一方で右翼的にアジアに強く出て、戦前回帰のポーズをとることも許してもらえる、という形の自立であったら、それは偽自立です。

米軍基地をグアムにでもどこにでも移して、それで本当に自主防衛を狙うならまだ分かりますけど、それを全部放棄して、対米従属の方針だけは徹底させながらなおかつ自立を唱えるこの矛盾を、どうしてくれるのか。

島田雅彦氏

自立を目指すのであれば、対米従属を改めて、なおかつ国民の支持を得つつ、しかも国際政治の場においてそれなりのプレゼンスを発揮できるスタンスを選ばなくてはならない。

しかしその方法は、消去法で行くと、とりあえずは憲法を守ることでしょう。勿論、憲法九条に矛盾はありますし、現状の安全保障上、憲法九条が機能しうるかと言えば難しいところがあるでしょうが、政治原則において自立ということを唱えるのであれば、より憲法に忠実な方がよほど理にかなっていると思います。

ただ長年、護憲というと左派の方はものすごい頑固な保守だったわけですよ。いつしか護憲というものがほとんど絶滅危惧種的な扱いになって、政治的な効力を失ってしまった。その中で改憲を唱えれば、少なくともそれは改革ではあるのだから、新しいプログラムを志向していると見せかけることはできた。

しかしこの間の強引な憲法解釈、これによって逆に護憲が息を吹き返した感じがするんです。そこは楽観しているんですよ。元々自民党の悲願は改憲であり、自主憲法制定ですが、ひどい改悪案なうえに、特に安保法案はあまりにもアクロバティックな憲法解釈だったので、これは危険だというふうにみんなが目覚めてしまった。

だから今後、強引な改憲の方向には行きにくくなっただろうと思いますけどね。

白井 だといいんですけどね。現在の状況は、護憲が息を吹き返すと同時に、今まで言われていた、いわゆる改憲論というものが実はほとんど何の意味もないことが分かったということだと思うんです。