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堤真一や堺雅人の“極貧”下積み時代
〜部屋にキノコ、食事は雑草、親と絶縁……名優たちの逆境

週刊現代 プロフィール

台所の流しで体を洗った

戸谷氏によると当時の堤は、「絶対役者になりたい」という強い思いはもっていなかったという。

「当初、堤は、JACに入った動機もはっきりしていなかった。

でもある日二人で酒を飲んでいた時に、堤が『坂東玉三郎さんと出会って、ようやく自分にとってやりがいのある仕事が何か分かった』と言ったんです。ちょうど堤が真田広之さんの付き人をやっていて、『天守物語』という舞台に出演した時のことです。そこで堤は、獅子頭に扮して舞台に立ったのですが、誰も見ていないと思っていたら、玉三郎さんが熱心に指導してくれた。それで堤の芝居魂に火がついたんです」

やがて堤は、アクション中心のJACでは「自分の芝居ができない」と退団を決意。その後、他の劇団の舞台に出演するが、生活は相変わらず苦しかった。過去に堤はこう語っている。

「貯金なんてなかったから、その頃は親父が遺してくれたカネを食いつぶしていました。といっても大した額じゃなかったから、月々使えるカネはわずか。食費を切り詰めるため、カップラーメンとか、もやし炒めばかり食べていましたね。

二十代は真っ暗闇の状態だった。どこに行っていいのかも分からないし、これから本当に生きていけるのか、不安で不安でしょうがなかった。それでもカネのために、意に沿わない仕事をやる自分が許せなかった」

自分のポリシーを貫き通した堤は'00年、松嶋菜々子主演のドラマ『やまとなでしこ』でついにブレイクする。36歳のことだった。

JACの同期生で、俳優の岡元次郎氏が言う。

「同期として、羨ましいという気持ちがないと言ったら嘘になるかもしれないが、それ以上に堤君がこうして成功してくれた喜びのほうが大きい。役者は、続けること自体が難しい世界。だから彼が活躍してくれることが、僕らにとっても励みになっている」

仲間由紀恵の夫で俳優の田中哲司(49歳)も「下積み時代は、とにかくカネがなくて辛かった」と語っている。

「ずっと風呂なしアパートだったから、今でも銭湯って言葉を聞くと苦い気持ちになるんですよね。20代の頃は本当に貧乏で、銭湯に行くカネもなかった。カネがあったら銭湯より、一食、飯食うことを選んでいた。

風呂に入れないから台所の流しで体を洗ってね。あまりにカネがなくて水道まで止められてしまった時は、外にある隣の部屋の洗濯機から水を拝借して、それで体を洗ったこともありますよ」

田中は日本大学藝術学部演劇学科出身。同級生で今も役者を続けている者は一人もいないという。

「役者って本当に食えないですからね。だから皆辞めていくんです。僕もあの下積み時代は本当にきつかった。仲間が去って行くのは寂しいですが、でもそれが役者の世界なんです」(田中)