政治政策
やっぱり橋下市長の国政進出はあるのか?~幹部らの証言から読み解く維新のこれからと残されたナゾ
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大阪・東京組の分裂には、大きな意味があった

橋下市長率いる「大阪維新の会」が、都構想への再挑戦を争点に掲げて戦った大阪府知事・市長ダブル選挙。始まるまでは、市長選では維新が劣勢と言われていたが、終わってみれば市長選も制して維新の2勝。対する自民党は惨敗を喫した。

自民党候補には、同じく都構想に反対する共産党が応援についたことで、橋下氏らが「自民は共産と手を組むのか」と批判。これが有権者にも響いて、「選挙終盤には一気に維新がリード、そのまま逃げ切ることができた。期日前の出口調査の時点で2勝は不動のものだった」(前維新の党大阪系国会議員)という。

勝利をおさめた維新だが、今年の夏に起こった、大阪・東京の分裂劇から、ダブル選挙に至るまでの深層は分かりにくい。なぜ彼らは分裂しなければならなかったのか。そして、なぜ橋下氏は再び「大阪都構想の実現」を掲げたのか――選挙を終えてもなお、多くの疑問が有権者のなかに残っているのではないか。

今後の橋下氏や松井氏、それに新たな国政政党となった「おおさか維新」の動向・方向性を予測する上でも、これまでの水面下の動きを抑えておく必要があるだろう。幹部らの証言をもとに読み解きたいーー。

松野頼久代表を中心とする維新の党執行部と、維新創業者の橋下・松井両氏、そしてこれに連なる地方議員らの攻防。その発端は、執行部の一員である柿沢未途・前幹事長がこの8月に、山形市長選挙の応援に出向いたことだった。

これに勝手に松井氏や橋下氏が「われわれの許可なく、勝手に応援に出向いた」と猛抗議し、挙句離党したことだった。その後、「維新の本家はこちらだ」とばかりに「おおさか維新の会」という新党を立ち上げることになった。

だが、柿沢問題はあくまで新党立ち上げの「絶好の口実」に利用されたに過ぎなかった。その以前から、松野代表らと橋下・松井両氏の間に溝ができていたのだ。

「松野代表ら執行部は民主党などとの再編を模索する『再編派』、これに対して松井氏や橋下氏は安倍官邸とも関係が深く、従来から路線が違っていた。

また、5月に行われた、大阪都構想を巡る住民投票で敗れた後、維新の府議や市議など地方議員が『これから私たちはどうすればいいのか』と行き場を失っていた。松井さんとしては、彼らのために次の足場を作ることに迫られていた。

さらに、11月の大阪府知事・市長ダブル選挙で、もう一度大阪都構想を復活させて戦うための母体が必要だった。分裂は避けられない規定路線で、松井さんたちは党を割るタイミングを常にはかってきたわけです。そこに出てきたのが柿沢問題。あれはきっかけに過ぎなかったというのが真相です」(維新の中間派国会議員)