スゴ本の広場
2015年11月23日(月) 町田康

スピンク(犬)が見た作家・町田康の仕事ぶり……「小説の執筆と言いながら、何しているの?」

【特別公開】町田康『スピンク日記』3

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【撮影】町田康・町田敦子(文中もすべて)

 第1弾「私自身のこと」はこちら

主人・ポチのこと(

 

 蝉が喧しく鳴いています。緑が濃くて黒いくらいです。いろんな虫も飛び交っています。夏です。命が生命がそこここに溢れています。しかし、そうして命が賑やかなわりに、午後ともなると、気温が急激に上昇し、往来に人の影なく、どことなくしんとして秋の気配、死の陰、不吉な陰も漂って、だから私は夏の午後は嫌いです。

 けれどもいまはまだ午前八時。気温もまだそんなにあがっておらず、気持ちのいい夏の朝で、私はまだ横になっています。キューティー・セバスチャンもだらけきっています。春眠暁を覚えず。なんてことを言いますが、夏の方がかえってよく寝られます。或いは、私が怠け者になったのでしょうか。主人・ポチの仕事部屋で横になって、そろそろ起きようかな、そろそろ起きて散歩に連れて行け、と言おうかな、と思うのだけれども、なんだか物憂くて身体が動かないのです。

 その間、主人・ポチが何をしているのかと言うと、仕事をしています。ここは仕事部屋なので当たり前と言えば当たり前ですが、そういってなんだか奇異な印象があるのは、一日の大半の時間を私とぶらぶら散歩をしたり、だらだら酒を飲んだり本を読んだりして、それ以外は眠りこけている主人に、およそ仕事という言葉ほど似つかわしくない言葉はないからです。

 と思う、ひとつの原因は彼の仕事の内容にあるのかもしれません。というのは、彼が刀鍛冶であったらどうだったでしょうか。丹精を凝らして刀を鍛え、見るうちに次々に刀ができていきます。私は、「ああ、彼は刀を作っているんだなあ。仕事をしているんだなあ」と得心することができます。

 或いは、彼が山と積まれた米俵を運んでいたとします。見るうち米俵の山は低くなっていき、やがてむなしくなります。「ああ、彼は米俵を運んだのだなあ」と、やはり得心します。

 ところが主人・ポチの仕事に、そうして目で見て確認できる成果というのはなにもないのです。

 いったい、主人・ポチは仕事と称してなにをやっているのでしょうか。それは前にもちょっといいましたが、小説の執筆、ということらしいです。

 傍でみていてこれほど焦れったい仕事はありません。

 なぜなら右に言ったように目に見える成果がなにもないからですが、それは、私にとって実際的な問題でもあるからです。

 というのは私も犬ですから、いつまでも物憂い訳ではありません。やはり、九時、十時になると、散歩というものに行きたくなってくる。

 ところがポチは、けっこうエゴイストなところがあって、自分の仕事が終わるまで私を散歩に連れて行ってくれないのです。

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