町田康さんの犬が日記を書いた!?「スピンクです。小説家の主人・ポチは外見的には人間ですが……」
【特別公開】町田康『スピンク日記』2
【撮影】町田康・町田敦子(文中もすべて)

特別公開第1弾「私自身のこと」はこちら

主人・ポチのこと(一)

 いま、散歩から帰ってきました。主人・ポチの仕事部屋であり、私の寝室でもある十一畳という半端な広さの部屋で休んでいるところです。

 いつもどおりの楽しい散歩でした。なにが楽しかったかというと、もちろん、主人・ポチと散歩する、それだけで楽しいのですが、竹が密生する、山の斜面を切って作った薄暗い道を抜け、急に明るい住宅街に出て、出てすぐのところの家にいるゲンチャンと遊ぶのも楽しいし、住宅街を抜けてバス通りをわたり、悪ガキ二人のいる家の前を通って、いまはインゲンや空豆がぐんぐん伸びている畑と畑の間のくねくね道を下り、途中の叢(くさむら)を執拗にクンクンするのも楽しかったし、その先の住宅街で、タバサとドナの家の前の置物に向かってガウガウ吠えるのも楽しく、その他の、坂道で空気を呼吸すること。猫に突進すること。花を見つめて首を傾げること。湧き水で喉を潤すこと。ときおり、主人・ポチを見て笑うこと。そんなことが、みんな楽しくうれしいのです。

 しかれども、主人・ポチはあまり楽しそうではありません。散歩をしている間中、主人・ポチはなにか怯えたような顔をして緊張しています。なぜだろう。なぜかしら。私と散歩に行くのがいやなのでしょうか。面倒くさいのでしょうか。どうやらそんなことはないようです。私とふたりで歩いているときは、主人・ポチも、それなりに楽しそうです。では、なにを主人・ポチはいやがっているのでしょうか。それは挨拶です。私と主人・ポチが歩いているのは田舎ではありますが、天下の往来で、人が行き来します。人と人とが往来で行き会えば挨拶ということをしなければなりません。

 いま、私は人と人と言いましたが、これは犬も同じことです。犬と犬が往来やドッグランで行き会えば挨拶ということをします。

 どういうことをするかというと、互いの尻の匂いを嗅ぎ合うのです。それで悪いやつ、いやなやつでないとわかれば、追いかけ合ったり、じゃれ合ったりして遊ぶのです。

 人間の場合は少し事情が違ってきます。まず、互いの尻の匂いを嗅ぎ合うということは、あまり、というか、まったくありません。というか、そういうことをすると変質者として排撃されます。では、どうするのかというと、口頭で、「こんにちは」と言います。けれどもこれは午後に限ったことで、午前中であれば「おはようございます」暗くなってからだと「こんばんは」と言います。

 ただそれだけのことで楽なものです。犬の場合だと、少々、鬱陶しいやつだな。面倒くさそうなやつだな、と思っても、挨拶をした以上、追いかけ合いをしたり、じゃれ合いをしなければなりません。

 けれども人間の場合はそんなことをせずともよく、ただ、通り過ぎればよいのです。というか逆にそんなことすれば、変質者として撃攘されます。