賢者の知恵
2015年11月22日(日)

自殺未遂、起業、借金、転職50回の破天荒な人生
〜結婚が「ふつうの幸せ」を教えてくれた

安倍昭恵×黒沢一樹(第2回)

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安倍昭恵さんと黒沢一樹さん
就職に悩む若者や生きづらさを感じる若者をサポートするNPO「若者就職支援協会」 理事長の黒沢一樹さん。父親が4人、兄弟は6人、貧困、継父からの虐待、中卒で就職、その後転職は50回……と34歳 にして壮絶な人生を送ってきた。現在はその経験を活かして、キャリアコンサルタントとして将来に悩む若者たちに寄り添う。そんな黒沢さんの話を聞きたい と、首相夫人の安倍昭恵さんがインタビューを実施。その内容をお届けする。第2回は、自殺未遂、起業して、借金を返すために上京、「普通」を求めて結婚するまで、黒沢さんの「壮絶人生」後編ーー

第一回はこちらからご覧ください⇒父親4人、貧困、虐待、中卒で就職、インドネシアで1000万の生命保険に……安倍昭恵が果てしなき「壮絶人生」に迫る!

自殺未遂、死にそうになっても死なない

安倍: インドネシアから戻ってきてからはどうされていたんですか?

黒沢: 面倒を見てきた兄妹も自立して、ある意味守るものが何もなくなった状態でインドネシアまで行って、信用していた人に騙されて帰ってきて、「自分って何だったんだろう」と思っちゃったんです。「このまま生きていてもしょうがないな」と。それで、団地の4階から飛び降りたんです。

本気で死のうと思って頭から落ちたんですけど、大型バイクのガソリンタンクの上に落ちちゃって、たんこぶだけで済んじゃったんですね(笑)。それで「死ぬこともできねぇのかぁ…」 と。

僕はそもそも未熟児で生まれているんですよ。母親が高校生ということもあったのか、心肺停止での出産。母親が泣きながら医者にすがり、仕方なく僕の尻を叩いたら息を吹き返したらしいんです。「この子は20歳までに死ぬ」って言われていたので、母親は僕に3000万円の保険金を掛けていたんですが、僕は死ななかった。

なぜかよくわからないんですが、生まれたときからずっと、死にそうになっても死ななくて、自分から死のうとしても死なないし、病気をしても死なない。

だんだん自分の存在価値がよくわからなくなっていたんです。今までは幼い兄弟を守る、母親を守る、という動機があったんですが、それがなくなってしまった。じゃあ何をしようか、と思ったときに、僕がここにいる意味というのがお金を稼いでいることだとおもって、一生懸命お金を稼いでいたんです。

18歳でお店を持ち、借金を抱える

安倍: 具体的にどんなことをされたんですか?

黒沢: 熊本でお店を開きました。いわゆるサパークラブというんですか、早い時間帯はスナックをしていて、そのあと1時以降は男の人が女性客の相手をするような形態でした。

そこは温泉街だったんですが、当時はコンパニオンの女の子たちが夜遅く行くようなお店がなかったんです。じゃあ、コンパニオンに気に入られるようにして、客を連れてきてもらおう、と。コンパニオンは自分でお金を遣いませんから、お金を持っているお客を連れてきてくれるわけですよ。そういうお店を作れば当たるだろうと思ったんですが、実際に当たっちゃったんですね。

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