スゴ本の広場
2015年11月21日(土) 町田康

【特別公開】町田康『スピンク日記』「私はスピンクといいます。犬です。小説家の主人・ポチと楽しく暮らしています」

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【撮影】町田康・町田敦子(文中もすべて)

  

私自身のこと

 

 薄目を開けると微風が吹いています。花菖蒲が咲いています。キューティー・セバスチャンがいつものように、あり得ない場所で眠っています。私はそろそろ起きようか知らん、それとも、もう少し眠ろうか知らん、なんて考えつつ、両の手、両の足を天井の方に、にゅう、と伸ばし、腹を丸出しにしていると、いつの間にかまた眠ってしまって。

 そんなことで次に目が覚めたときはもう八時でした。

 いかん、いかん。こんなに寝てしまって。

 そう思って慌てて飛び起きると、言わんこっちゃない、もう九時を回っていて、ふと見ると私の鼻先に二本の足があって、これはもちろん、キューティー・セバスチャンの足ではなくて主人・ポチの足、慌てて、赤い椅子に座り机に向かいてキーボードをポチポチ叩いている主人・ポチの左の腕に鼻を押しつけて、うほほい、と言うと、主人・ポチも、うひゃひゃい、と言って私の頰を撫でました。

 私の一日は大体こんな風にして始まります。

 私はキューティー・セバスチャンと主人・ポチ、美徴さんとたくさんの猫たちと一緒に暮らしているのです。

 まずは私がなぜ、みんなと暮らすようになったのかについてお話しいたしましょうか。というか、その前に、忘れてました、私の名前を申し上げましょう。

 私はスピンクといいます。犬です。プードルです。

 私はスピンクという名前で、キューティー・セバスチャンと主人・ポチと美徴さんとたくさんの猫たちと一緒に暮らしているのです。

* * *

 スピンクという名前をつけてくれたのは主人・ポチです。

 スピンクという名前はだから気に入っているのですが、困ることもあります。というのは、犬の名前としては聞き慣れない名前らしく、散歩の途中、道行く人に声をかけられ名前を聞かれ、主人・ポチ、または、美徴さんが、「スピンクです」と答えても、「えっ? えっ?」と何度も聞き返され、その都度、二人は、「ス、ピ、ン、ク。です」と、はきはき言って、それでわかって貰えるかと言うと、そうでもなくて、「ああ、ピンクちゃん。ピンクちゃん。おいでピンクちゃん」なんて言われるのです。

 それで、「ピンクちゃんは女の子?」と聞かれ、「男の子です」と答えると、「あら。男の子なのにピンクちゃんなの」と意外そうにされるのです。

 また、年輩の男性はなぜかみな、スピンクス、と聞き違え、「スピンクス。こいっ。スピンクス」と言います。

 そんなとき私は、太い声で、「ワン」と言い、前脚をじたじたします。

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