駐車場の整理係を日本人がやっている素晴らしさがわかりますか? 「120万人の移民」に脅えるドイツの実情

2011年05月13日(金) 川口マーン惠美
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 ドイツとオーストリアが労働市場の開放を遅らせたのは、もちろん、東欧からの労働者の大量流入を恐れているからだ。

 看護士の月収の平均(税込)は、ポーランドが580ユーロ、チェコが1000ユーロ、そして、ドイツが2050ユーロ。先日、ポーランドに行ってきたばかりなのでよくわかるが、彼の地では、ホテルも、レストランも、その他の物も申し訳ないほど安かった。もう一度言うが、これだけ経済力の違う国の間で、「人」、「金」、「物」、「サービス」の自由な往来を行うのは、かなり無理がある。引っ越そうかという気になるのは当然だ。

 そんなわけで7年前にイギリスの市場が開放された時には、年に60万のポーランド人が職を求めて本当にイギリスに引っ越してしまった。特に医者が多く流出し、それ以来、ポーランドは医者不足で悩んでいる。医療機関の空洞化は、チェコも同じだという。

 しかし、ドイツ人が一番恐れているのは、医者の流入ではない。それどころか、医者や看護士といった専門職の人々が入ってくるなら、ちょうどドイツで人材が不足している分野なので、あちらは困るかもしれないが、こちらにそれほどの不都合はない。困るのは、単純労働者が大量に流入して、最低賃金を押し下げることだ。そして、賃金崩壊に伴う失業の増加だ。

 より安い賃金で働く用意のある人たちがいれば、今までその職に携わっていた労働者に残された道は、自分たちも安い賃金で働くか、失業するかのどちらかしかない。ドイツでは一応、法律で最低賃金が定められているが、買い手市場になれば、労働力は当然、何らかの方法で買い叩かれる。

 雇用者側は経費が下がってホクホク顔かもしれないが、失業者の増加は社会保障費の金庫を圧迫するので、国民経済の見地からすれば絶対にマイナスとなる。設備投資も疎かになるだろうし、労働条件の改善などどこ吹く風。社会不安も増すだろう。

ドイツの経済大国化を支えた外国人労働者

 実はドイツは、すでにこれと同じ問題を経験している。いや、未だに抱えていると言った方が正確だろう。出稼ぎ労働者の問題だ。

 ドイツと日本は、戦後、何もないところから世界有数の経済大国に伸し上がったところは大変よく似ているが、その過程に一つ、決定的な違いがあった。それは、日本がワーカーホーリック(働き中毒)などと悪口を叩かれつつ、自分たちが必死で働いて奇跡の復興を成し遂げたのに比べて、ドイツは人手不足が始まった早い段階で外国人労働者を入れたことだ。

 1955年12月、ドイツはイタリア政府と、労働者受け入れの協定を結んだ。60年にはギリシャとスペインがそれに加わり、61年にトルコ、63年にモロッコ、64年にポルトガル、65年にチュニジア、そして、68年にユーゴスラビアと続く。

 当時、経済振興は国家の最大目的で、そのためには世界市場で競争力のある製品を作らなくてはいけなかった。企業は当然安い労働力を求め、政府は企業のその欲求を叶えることを最優先にした。つまり、この時に入った労働者は、技術を持たない単純労働者だった。しかも、相手国の希望もあって、もっとも貧しい地域から、労働者が導入された。ドイツ語はおろか、母国語も読めないような人たちも多かった。70年代、出稼ぎ労働者の数は300万人に迫った。

 しかし、その70年代、ドイツの経済成長は止まり、失業者が溢れるようになった。職がなくなれば帰るだろうと思っていた外国人労働者は、しかし、帰ろうとはしなかった。特に、一番貧しい地域から来た労働者が帰らなかった。祖国ではもっと惨めな生活が待っていることが、わかり切っていたからだ。

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