ごく普通の若者がなぜ「レイシスト」に豹変するのか?
~東大院卒エリートや20代OLまでもが激情する理由

在特会会員の素顔と本音
〔PHOTO〕gettyimages
ネトウヨが活動家へ――。差別的な言葉を使って街宣活動を行う、日本最大の市民保守団体である「在特会(在日特権を許さない市民の会)」が2007年に設立された。彼らは何に魅せられ、在日コリアンの特権廃止、さらには怨嗟と憎悪のレイシズムに走るのか? 講談社ノンフィクションを受賞した『ネットと愛国』のなかで明らかになった「ヘイトスピーチ」の問題。在特会会員の素顔と本音に迫る。

文/安田浩一(ジャーナリスト)

東大院卒のエリート副会長

2011年2月26日。在特会は東京・代々木公園の一角で「朝鮮総連と朝鮮学校の解体」を訴える街頭宣伝をおこなった。同日、公園内では朝鮮総連をはじめとする組織が、学校無償化を訴える集会を開催していた。これに対抗するための、いわゆる"カウンター街宣"である。

このとき私が最も興味を感じたのは、在特会副会長・八木康洋のアジ(アジテーション)演説だった。日の丸の鉢巻きをした八木は、苛立ったような表情を浮かべてマイクを握ると、まずは、今日が「二・二六事件」から75年目の日であると切り出した。

「いったいなぜ、二・二六事件が起きたのか。政治は腐敗し、財閥はマネーゲームに奔走し、その一方で多くの農民が餓死していた。あまりにもひどい格差ができていたんです。だから青年将校は決起した。

そしていま、日本は同じような不況のなかで、みなさんは職をどんどん奪われている。しかも、生活保護を打ち切られた日本人も少なくない。

すでにニュースなどでご存じの人も多いかと思いますが、生活保護を打ち切られ『せめて、おにぎりが食べたい』と言い残して餓死してしまった日本人もいるんです。

こうした状況にもかかわらず、朝鮮人は生活保護をもらっているどころか、まだまだ足りない、もっと権利を寄こせと要求しているんです! 生活保護を打ち切られた朝鮮人なんて聞いたことがありません。こんなバカなことがあるか!」

八木は東京工業大学を卒業した後、東大大学院に進み、現在は大手化学メーカーの研究所に勤めている。在特会のなかでは数少ない学歴エリートだ。活動には必ずスーツにネクタイといった姿で参加し、ときにその上から白衣をまとうこともある。

この日の街宣では、二・二六事件で決起した青年将校への黙祷から始まった。

二・二六事件と在日コリアンの生活保護受給とが、どこで結びつくのか私にはよくわからないし、ツッコミどころはたくさんあろう。そもそも、在特会が社会の理不尽な格差や、生活保護の支給を渋る行政責任について、これまでどんな活動をしてきたのかも私は知らない。

むしろ私が興味と関心を覚えたのは、在日特権廃止のために立ち上がった自分たちを、決起した青年将校の姿に重ね合わせ、世の中の不条理を訴えるという、彼らのヒロイズムに染まった心情である(余談だが、この演説を聞いたある右翼関係者は「青年将校とお前らを一緒にするな」と激怒した)。

取材を進めていくなかでさらに確信を深めたことだが、在特会の会員は、どれだけ薄汚い罵りの言葉を口にしても、加害者としての意識など微塵も感じていない。うしろめたさもない。

むしろ彼らは自らが「被害者」であることを強調する。若者の「職が奪われる」のも、生活保護が打ち切られるのも、在日コリアンといった外国籍住民が、福祉や雇用政策に"ただ乗り"しているからだと思い込んでいる。自らを「被害者」だと位置づける者たちに、外国人を略奪者にたとえるシンプルな極論は一定程度の説得力を与える。

安田氏の『ネットと愛国 』は、「ヘイトスピーチ」なる言葉を世に広め、問題を可視化させた。時代を映し、時代を変えた1冊だ。

だからこそ彼らは青年将校の悲劇や、困窮した農民の涙に共感することで、運動の正当性を補強しているのだ。

秋葉原の在特会の事務所で取材に応じたときの米田もそうだった。在日こそが日本の元凶だ、差別されているのは日本人のほうなのだと彼は何度も強調した。

なるほど、と私は曖昧に相槌を打った。共感や理解を覚えたからではない。言わんとしていることが、なんとなくわかりかけてきたからだ。それは、米田の次の言葉で、より明確になった。

「要するにですね」

そこで米田は一呼吸置くと、私を正面に見据えたうえで一気呵成にまくしたてた。
「我々は一種の階級闘争を闘っているんですよ。我々の主張は特権批判であり、そしてエリート批判なんです」

このときばかりは米田の表情から穏和な色が消えていた。顔には険しさが増し、目の奥には憎悪が光っていた。軽く怒気を含んだような声で米田は続けた。

「だいたい、左翼なんて、みんな社会のエリートじゃないですか。かつての全共闘運動だって、エリートの運動にすぎませんよ。あの時代、大学生ってだけで特権階級ですよ。差別だ何だのと我々に突っかかってくる労働組合なんかも十分にエリート。あんなに恵まれている人たちはいない。そして言うまでもなくマスコミもね。そんなエリートたちが在日を庇護してきた。だから彼らは在日特権には目もくれない」

ここで「階級闘争」なる言葉が飛び出してくるとは予想もしなかったが、言わんとすることはわかる。つまり彼らは自らが社会のメインストリームにいないことを自覚しているのだ。自分たちを非エリートだと位置づけることで、特権者たる者たちへの復讐を試みているようにも思える。

在特会は、デモや街宣中に左翼党派の学生組織などに出くわすと、「親の脛をかじっておいて、何が革命だ!」といったヤジを飛ばす。ずいぶんと古典的な物言いだなあと感じつつも、どこかしら切実さの伴った、悲鳴にも似たその声にはある種のリアルな説得力があった。

私は在特会の下卑たアジテーションは完全なヘイトスピーチ(人種、属性や外見を理由に他人を貶めるような言動)だと思っているし、なかでも在日コリアンや中国人留学生などに対する攻撃は弱いものイジメ以外の何ものでもないと確信している。

焼肉店に向かって「ゴキブリ朝鮮人」と連呼したり、街宣中に目の前を通りかかっただけの中国人女性に対して、「シナ人、出て行け」「バカヤロウ!」と会員らが突っかかる光景は、とてもじゃないが正視できなかった。

会長の桜井にいたっては、やたら「殺す」を連発する。朝鮮大学校の前で「我々は朝鮮人を殺しに来たんだよ!」などとマイクでがなりたてたこともある。正直に言えば、こんなものは政治活動でも市民運動でもあるものかと反発を覚えながら取材を続けたことも少なくなかった。

だが米田をはじめとする在特会会員は、自分たちこそが「弱者」であり、貶められているのだと信じている。彼らは「弱者」によるレジスタンスを闘っているのだ。

米田の話を聞きながら、私はこの1ヵ月ほど前に取材した、在特会の大分での街宣の様子を思い出していた。手馴れた感じの桜井の演説はともかく、次々とマイクを握る会員たちの声や表情から垣間見えたのは、怒りというよりは、得体の知れぬどろどろした憎悪のようなものだった。

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