親が明かす「ドラ1」息子の育て方
~ホークス高橋純平、ヤクルト原樹理、オリ吉田正尚、日ハム上原健太の場合

食事・習いごと・交際まで"赤裸々"公開

1年に12人しかいないドラ1戦士を、必死の思いで育てた。これから厳しい世界に入っていく4人の野球選手の親たちは、いったいどうやって、我が子を一流の孝行息子に導いてきたのだろうか。

弱音をじっくり聞いてやる

ヤクルトから1位指名された原樹理(東洋大)の父・敏行氏は、野球とかけ離れた声楽家だ。58歳のときに生まれた、三男の教育法についてよく通る声で持論を展開した。

「人を育てるうえでもっとも大事なのは適性を見抜くこと。たとえば音楽では、ドラマチックなオペラと、叙情的なアリアのどちらが向いているのかなど、その人にあった曲を見極めなくてはならない。向いていないほうの練習を続けると必ず無理がでて、いったん悪い癖が身につくと、なかなか直らない。音楽の世界では、この悪癖が成長を妨げる大きな要因になるのです。

お兄ちゃん二人には書道や学習塾、剣道、柔道を習わせましたが、三男は野球のみ。キャッチボールのグラブさばきを見て野球に専念させました。男性が音楽で食べていくのは本当に大変なので、家にあるピアノにも近寄らせなかったんです」

長男・玲奈、二男・理恵に続いて付けた、樹理という独特の名前にも、意味があった。

「『理性があって、樹木のように生い茂る子に』という思いで付けました。それに響きがなるべく国際的で、英語でも違和感がない名前がいいと思ったんです」(敏行氏)

樹木のように生い茂ったのは、彼の交友関係だ。原は兵庫・東洋大姫路で厳しい練習に没頭していながら、週末のある夜、夕飯を食べた後に中学時代の友人を自宅に12人連れてきた。その中に女の子も数人。母・美幸さんが振り返る。

「ウチが合宿所みたいになりましてね。夜寝るときは雑魚寝状態(笑)。その中に彼女もいたのかもしれませんけど、あえて本人には聞きませんでした。夫とも話していますが、人間でもっとも大事なことは『自己責任』と『自己規律』です。本人が彼女を大事に思ってきちんと付き合えば、それでいいことです」

高校時代、原が練習を終えて帰宅するのは午後11時すぎ。夜の連絡手段としてスマホを買い与えたが、練習に明け暮れた原は、ゲームをする余裕すらなかった。

原の帰宅後は夜が遅いため、家族で団欒することは不可能だったが、美幸さんは、息子の帰りを待って一緒に夕食をとった。朝は早く起きて、1時間ぐらいかけて原の弁当を作った。冷凍食品は入れず、肉や魚の煮物などを丁寧に作ると、愛情が伝わった。父には話さない弱音を、原は母にはこっそり話していた。

「極端な話、試合に負けるたびに『もう、野球は辞める』と言っていました。そのたびに『これまでやって来たことが無駄になる。それでもいいの?』と返答してきました。自分で考えさせる、というのが私たち夫婦の教育方針でしたから。すると翌日には、いつもよりも余計に練習をしている。その繰り返しでした」(美幸さん)