ブルーバックス
私たちの脳はどうして「創造」できるのか
塚田稔=著『芸術脳の科学』
〔photo〕iStock

ダイナミックな脳内世界

芸術脳は生まれつきではなく、シナプスの可塑性にもとづく学習と記憶によって後天的につくり出されるという。

環境に適応するために脳内に形成される外界の世界(再現的世界)と脳内に情報を創発させる情報創成の世界が干渉し合うことで、人それぞれの新しい世界=創造性が生み出される。

芸術とは自分の存在を証明するために脳の外と内が相互作用した結果に他ならない。

はじめに

「芸術は人間の創造物であり、人生をいかに生きるのか、また生きているのかといった、自分の存在を証明するための内部表現といえる」。この思いから筆者は、六○年あまりにわたって絵を描いてきた。

 幼い頃は父につれられ信州の山々や自然と戯れ、絵を描くことの楽しさを知り、長じてからは、玉川大学脳科学研究所の教授として研究する傍ら、一年ごとの心の創造の履歴を一五○号の絵にして、三○年間上野の東京都美術館に出品してきた。

 人間の脳には創造の可能性が平等に与えられている。脳の構造と機能の基礎は、遺伝子の情報によって決められるにしても、人間は神経細胞の可塑性を基に後天的に脳内に情報を表現できる創造の機能をもっている。

 しかし、誰にでも平等に創造的世界が実現されているわけではない。人間の脳は混沌として、当初から目的を一つにはしていない。

 個体はバラバラに、その意思に導かれ、「いまだ見ざる聞かざる知らざる世界」を求めて永遠の旅に出るのである。個の意思は、環境からの刺激によってつくり上げられるものではなく、生まれたときから個に与えられている。

 赤ちゃんの目を見てみよう。興味のあるものを見つけると目がキラキラと輝き、自分から何とかして目的物に近づこうとする。

 一方、個は互いのコミュニケーションによって情報を交換し、自分にない異質の情報を吸収することによって新たな自分を発見する。ここに創造の世界が誕生し、客観的に眺めることができる自分が形成される。

 こうしてわれわれは、既に展開してきた世界を捨て、新しい仮説のもとに新たな世界を展開することになる。

 本書では、こうした創造する脳がどのようにつくられるのか、また創造する脳がいかに芸術を生み出すのかを最新の脳科学の知見をもとにひもといていきたい。

 第1章は「脳と創造」の総論を展開しよう。「求めよ、さらば開かれん創造の扉を!」

 神経細胞(ニューロン)は個性をもち、脳内に多様性を創成する。そこでは物の特徴を抽出し、物と物とを分離する。分離した特徴の情報を再び統合し、機能レベルでの階層構造を脳内につくる。この階層構造は外界の再現的世界である。この再現的世界は外界の脳内モデルとも呼ばれる。外界をカメラのように写し撮る世界とは異なり、個の創造的活動に役立つようにつくられるので、人間に共通の表現モデルに加えて、個々の個性的表現モデルともなっている。

 したがって、外界の特徴を表現する世界は比較的共通しているのに対し、芸術や宗教のような創造的世界は、人間の個々の脳で異なっている。この意味で人間は多様性のある世界に生きているといえる。これを実現している脳の情報処理の根底に、学習と記憶のメカニズムがある。ニューロンたちはシナプスの可塑性を使って記憶と学習の神経回路網をどのようにつくっているのであろうか?

 第2章の「再現的世界の役者たち」では、外界の時空間情報をニューロンがどのように処理するか解説する。対象の形、色、動きを脳内でどのように処理しているか。この特徴抽出の機能は絵画技術に役立つ。

 第3章の「情報創成の役者たち」では、筆者がかかわってきた学習と記憶の研究をもとに解説する。ニューロンのダイナミックな構造が時空間の情報をどのように処理しているか、シナプスの可塑性とその学習則がどのように記憶を表現するか。その結果、どのようにして創造性が生まれてくるのかを考察する。

 記憶神経回路網は、抽象化された外界の再現的世界を、安定な構造(アトラクタ)をつくって表現している。過去・現在・未来の記憶情報は、神経回路網のダイナミックスの中に変換されて記憶されている。われわれが、瞬間にして、過去の世界や未来の世界を操作できるのはこの情報表現にもとづいている。

 筆者は、「いまだ見ざる聞かざる知らざる世界」を求めて永遠の旅に出る脳科学者であり、そして画家である。この個性的な道をたどる旅人の経験を生かし、筆者の脳研究の課題である「脳はどのように情報を表現しているか」の視点から、第4章の「脳と絵画」、第5章の「筆者の絵画と音楽とダンス」を展開する。

 本書を読み終わったあと、みなさんがなにかしらいままでとは異なる世界が脳内で繰り広げられるようになることを祈りつつ、芸術脳をめぐる旅に出たいと思う。

著者 塚田稔(つかだ・みのる) 
1941年、長野県に生まれる。1971年、東北大学大学院工学研究科博士課程修了。東北大学工学部助手、玉川大学工学部助教授、同大学工学部教授、同大学脳科学研究所教授を経て、現在、玉川大学脳科学研究所客員教授、玉川大学名誉教授。工学博士、医学博士。専門は生体情報工学、記憶と学習の計算モデルと実験、脳のダイナミック情報表現。日本神経回路学会論文賞、神経情報処理国際学会功績賞、電子情報通信学会フェロー称号を授与される。絵画では日本画府洋画部専務理事、審査員を務めている。日府展日府賞、同東京新聞賞、同東海テレビ賞、同記念賞、同NHK厚生文化事業団賞など、受賞多数。
『芸術脳の科学』
脳の可塑性と創造性のダイナミズム

塚田稔=著

発行年月日: 2015/11/20
ページ数: 200
シリーズ通巻番号: B1945

定価:本体  920円(税別)
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(前書きおよび著者情報は初版刊行時点のものです)

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