米国経済はリーマンショックの後遺症を克服できたのか
~潜在政策金利で検証する「出口政策」の成否

〔PHOTO〕gettyimages

アメリカは戦前の失敗を繰り返すのか?

9月以降、くすぶり続けてきた米国の利上げだが、12月15-16日のFOMC(米公開市場委員会)で遂に実現する公算が高まっている。

イエレン議長ら、FRBの首脳が注目してきた雇用環境も改善を続けている。例えば、10月の完全失業率は5.0%だったが、これは、過去の米国の好景気局面での平均値を下回っている。10月の雇用統計(非農業部門雇用者数)も27万1千人増と増加基調を取り戻し、雇用者数全体の水準もリーマンショック前の状態にほぼ戻った。

米国の雇用関連統計については、労働参加率の低下等の問題があり、細かく議論すれば、雇用環境が正常化したと断定するのは早すぎる側面もあるだろう。しかし、政策担当者が、米国経済がリーマンショックの後遺症を克服したと判断してもおかしくない状況ではある。

筆者は、これまでにも本コラムで数回にわたって、米国の出口政策(量的緩和・ゼロ金利政策の解除)について言及してきたため繰り返しになるが、米国は、1936年半ばから1937年前半にかけて今回とほぼ同様の出口政策を経験している。

この経験から得られる教訓の一つは、「足元の景気指標の強さで『出口政策』のタイミングを判断すると間違える可能性がある」ということであった。

当時は、現在と比べれば、雇用の回復こそ遅れたが、生産の拡大や物価上昇のペースは今回とは比べ物にならないほど早く、政策当局者の多くが将来のインフレを懸念するほどであった。だが、慎重に実施したはずの出口政策は見事に失敗。1937年半ばから米国経済は急速に悪化し、再びデフレに陥った。

この1937年半ばからの「再デフレ」の特徴は、通常の景気循環の動きからは想像もつかないほど短い期間のうちに実体経済が急激に悪化した点である。そのため、マクロ経済指標のみを重視しながら金融政策を運営していた当時のFRBは、経済の悪化に全くついていけず、後手後手の対応に終始してしまった感がある。

そして、これは、金融政策に対する信認を低下させるとともに、その後の米国経済にデフレ予想を定着させてしまった可能性が高い。そして、この失敗が、その後「米国は戦争によってしかデフレを克服できなかった」との評価を受けることになった大きな理由であると考える。

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