小泉今日子、和泉式部、酒井順子――自由な表現を楽しむ「そそる女」の魔力
【リレー読書日記】生島淳

私の女ともだちに「歴女」という言葉が誕生する前から、日本史を愛した女性がいる。彼女の初恋の相手を聞いて驚いた。

「高杉晋作なの」

マジか。リアクションできなくて困ってしまったのだが、実は私にも歴史上の人物で、ぜひとも会ってみたいと思う女性が出てきてしまった。

和泉式部である。

白洲正子の『私の百人一首』には、「和泉式部は色好みで、奔放な女性として知られる」、「放心的な魅力が男心をとらえ、ひいては民衆に強い印象を与えたのだろう」といった記述があり、かつ「和歌に関する限り、紫式部より、はるかにすぐれている」才媛だった。

日本文学全集08』に収められた町田康の訳による『宇治拾遺物語』には和泉式部が登場する。『道命が和泉式部の家で経を読んだら五条の道祖神が聴きに来た』を読むと、当時、最高級の女性だったという表現が出てくる。実はこれ、和泉式部と一夜を共にした生臭坊主の話なのだが、“彼女”の描写を読んでいただきたい。

「いい女というだけではなく、そそる女だった。色気のある女だったのである。それもただの色気ではなく、壮絶なほどの色気で、彼女を見た男は貴賤を問わず頭がおかしくなり、また、ムチャクチャになった」

ここまで書かれるなら、ぜひとも会ってみたいではないか! 町田康の手に掛かった『宇治拾遺物語』は、僧侶の千摺(せんずり、と読んでいただきたい。これは傑作)をはじめとした下ネタ、摩訶不思議な話のオンパレードで、鎌倉時代初期に編まれた「説話集」のアナーキーさにノックアウトされる。

古典、と聞くとどうしても難しく考えてしまいがちだが、昔の日本人も「面白いもの」に対して貪欲で、しかも表現が自由だったことに興奮してしまう。スマホでゲームをやるより、よほど気分が活性化いたします。

この全集シリーズでは酒井順子さん(会社の先輩なので、どうしても「さん」付けしてしまう)が、『枕草子』を担当する予定だが、その酒井さんが清水ミチコと『「芸」と「能」』という掛け合いエッセイを出した。

リレーエッセイは相性が良くないと途中から空中分解しかねないのだが、このふたりは驚くほどの相乗効果を見せる。

おそらく酒井さんが自在のスタンスで合わせ、ネタを振ることで成立していると思うが(優秀な漫才のツッコミ役みたいだ)、それに引っ張られ、清水ミチコの「芸談」が引き出される。特に「ウケたい=受け入れられたい」という考察は、舞台に立っている人でないと、なかなか分からない。これは哀切な言葉だ。

酒井さんは冒頭の「八代亜紀ラブ」のエッセイが凄まじい。八代亜紀、聴きたくなっちゃったよ。

それにしても、学生時代の組み体操について、「山の一部として存在することに達成感を覚え(中略)個性などというやっかいなものが吹っ飛んだ瞬間の孤独が気持ち良かったのです」と書く酒井さんは、なかなか変わっていると思った次第であります。

酒井さんは現代の才媛だと思うが、昭和42年生まれ、48歳の私にとって、50歳前後の女性はとっても気になる。

和泉式部のような魔力が漂う女性と聞いて思い浮かぶのは、49歳の小泉今日子だ。10月に『小泉今日子書評集』が発売され、話題になっている。