『しんがり』著者・清武英利さんの「わが人生最高の10冊」
人生の「生き直し」を支えてくれた本
清武英利さん

人生に悩んだ時に手に取った本

書き手の世界に私を引き戻してくれた本を挙げました。

私はいま3度目の人生を生き直しています。新聞記者から仕事を始め、その後、プロ野球の球団経営に関わりましたが、新聞界のドンの非を訴えて、一大企業グループ対個人の長い戦いに陥りました。

どう生きていくのかと悩んだ時、手に取った本は以前読んだノンフィクションやルポでした。

1位の『サイゴンの十字架』は、開高健の文章の見事さだけでなく、死に物狂いで戦争を書くとはこういうことだ、と読む者を打ちのめします。

〈翌朝、ヘリコプターがやってきて、それに乗って空にあがったとき、地上に寝たり、しゃがんだりしている政府軍兵たちのこちらを見あげる小さな顔がいくつも見え、それを見おろした瞬間、死地を脱した歓喜で胴ぶるいがでそうになっている私にやましさの意識が裂くようにおそいかかって去っていった〉

こんな一節を読むと、怒ったり嘆いたりしている自分が卑小な存在に思え、お前はこれほど死にもの狂いで書いたことがあるのか、と心が静かになります。苦しいのは、自分ができること(私の場合は抵抗と執筆なのですが)から逃げようとしているからなのでしょう。

印象的なのは、ベトナムの新聞の話。検閲が厳しいため、政府に都合の悪い記事は「白ボテ」、つまり空欄にされてしまうけれども、現地の新聞社はそのまま印刷・発行していた。開高と同時期にベトナムに入っていた作家の日野啓三―当時は読売新聞記者で私の大先輩―が、それを見て、「立派なもんだ」と感心していたと開高は書く。

日本の新聞なら記事がボツになったら、別の記事で埋めて帳尻を合わせる。不当な圧力があっても読者にはわからない。白いままなのは、意見がハッキリしている証拠だと。開高の『ベトナム戦記』もそうですが、現地からしか伝えられないエピソードが溢れています。

9位の『自動車絶望工場』は'72年から、トヨタの工場に潜入取材して、単調な作業の中で人間性を奪われていく労働者の姿をルポした作品です。

日本を代表する大企業でも、それを支える末端の労働者たちには、過酷な現実がある。それを現場に入って伝えようとした作品ですが、あるノンフィクション賞の選考会では「潜入はフェアでない」などと非難されて受賞を逃したという。

しかし真の現場を知らなければ、書き手は企業広報に頼る提灯記事やインチキな文章に流れやすい。権力に媚びず、志を通して執筆を続ける著者の生き様に心が引き締まります。

私がライターの道に戻ろうとしたとき、鎌田が〈書くものがいないなら〉と記しているのを見ました。自分がいなければ明らかにならない事実。それをつかみ、書くために自分も記者になったのだ、と思い出し、私は企業社会の後列で生きる人々を書き始めました。