[MLB]
杉浦大介「“ミラクルル・メッツ”~大舞台で学んだこと」

(写真:コリンズ監督とキャプテンのライトを中心に、予想を覆し続けた充実のシーズンが終わった Photo By Kotaro Ohashi)

“レッツゴー・メッツ!”“サンキュー・メッツ!”

 11月1日、シティ・フィールドで行われたワールドシリーズ第5戦が終わり、深夜1時を迎えた頃のことーーー。1勝4敗でロイヤルズに敗れたメッツのほぼ全選手が、デビッド・ライトの号令一下、本拠地のフィールドに再び姿を現した。すると、まだ一塁側のダッグアウト近くの席に残っていたメッツファンから、“ありがとう”の声援が送られたのである。

「多くの人たちが僕たちに“サンキュー”と言ってくれた。このチームが街にもたらしたものに感謝してくれた。辛い敗北のあとでも、その事実は僕と僕の仲間たちにとって大きな意味がある。この街は最高だよ」
キャプテンのライトは後にそう語り、ファンへの感謝を強調した。

 ニューヨークは“敗者にラブソング”を与える街では決してないが、今年に限っては地元の人々のコールに嘘はなかったに違いない。今季のメッツの“ミラクルラン”は、戦前は誰も予想できないものだったからだ。

(写真:デグロムはメジャー2年目にしてエースのひとりとして完全に確立したPhoto By Kotaro Ohashi)

 長く、エキサイティングで、劇的な1年だった。過去6年連続シーズン負け越しを続けてきたチームから、ジェイコブ・デグロム、マット・ハービー、ノア・シンダーガード、スティーブン・マッツといった若手投手たちが次々と一本立ち。7月終了時点では総得点でメジャーワースト3位だった打線も、トレード期限にヨエネス・セスペデス加入後に生まれ変わった。故障離脱していたライト、トラビス・ダーノウの復帰、期待の新人マイケル・カンフォートのメジャー昇格もあって、夏場以降はほとんど別のチームになった。

 投打のかみ合ったメッツは8月は20勝8敗と絶好調。ナ・リーグ大本命と目されたナショナルズを突き放し、2006年以来の地区優勝に向けて邁進した。

 トレード期限前には、放出が確定的と報道されたウィルマー・フローレスがゲーム中に守備位置で涙を流すというハプニングもあった。結局は移籍が取り消しになると、2日後のナショナルズ戦で、そのフローレスがサヨナラ弾を放つという前代未聞のドラマが生まれたのである。

 プレーオフのドジャース戦中には、ルーベン・テハーダが相手選手のスライディングを受けて今季終了のケガを負ってしまう。その衝撃的なシーンを見て、街全体が“ルーベンのために勝とう”と盛り上がった。

 これらのサブプロットも貴重なアクセントとなり、ドラマチックなメッツの快進撃にニューヨーカーは興奮を隠さなかった。地区優勝のみならず、ナ・リーグ優勝決定シリーズでカブスをスイープした頃には、地元のフィーバーも頂点に達する。近年は低迷を続けるメッツを見慣れていたファンは、波乱万丈の2015年を忘れることはないだろう。

 ただ……余勢を駆って臨んだワールドシリーズでは、2年連続で大舞台に進んできたロイヤルズに完敗を喫した。このシリーズ中の全4敗が逆転負けで、うち3戦は8回までリードを奪った末に喫したもの。そんな流れを思い返せば、勝機は十分にあったように思えるかもしれない。

(写真:第5戦でのハービーの熱投は見事だったが…… Photo By Kotaro Ohashi)

 1点リードで迎えた第1戦の9回1死から、抑えのジェリウス・ファミリアが同点弾を許さなければ? 同じく1点リードしていた第4戦の8回表に、ダニエル・マーフィーの痛恨のエラーがなければ? ハービーが完璧な投球を続けていた第5戦でも、2-0で迎えた9回表にエースを交代させていれば……?

 シリーズを振り返ったとき、このように、いくつもの“If(れば、たら)”が頭に浮かんでくるのは事実ではある。しかし、たとえ、そうだとしても、この5試合では、さまざまな意味でロイヤルズに力の差を見せつけられた印象も残った。

 意思統一が図られたロイヤルズの選手たちは、勝負どころでは確実に打球を転がし、スピードを活かして積極的に攻めてきた。両チームの身体能力、守備力には天と地ほどの差があった。ブルペンの層の厚さもロイヤルズが上だった。

 その相手に対し、第1戦ではライト、第4戦ではマーフィー、第5戦ではルーカス・デューダと、メッツ内野陣は大事なところでミスを連発。このような終盤イニングの崩壊は、地力に勝るロイヤルズからのプレッシャーによって導き出された必然の結果にしか思えなかったのである。

「1つ言えるのは、選手たちは多くを学んだということ。どうやって長いシーズンを乗り切るか、そして10月にプレーするのはどういうものか。この経験のおかげで、みんなさらに大きく向上するはずだよ」
テリー・コリンズ監督の言葉通り、今秋、メッツの選手たちは文字通り、金では買えない素晴らしい経験を得たのだろう。

(写真:まだ23歳のシンダーガードの行く手には明るい未来が広がっているPhoto By Kotaro Ohashi)

 個々のタレントと勢いに任せ、レギュラーシーズン中は怖いもの知らずで進んできた。後半戦では57戦で17本塁打を放ったセスペデス、プレーオフでは6戦連続弾のマーフィーが予期せぬ救世主になってくれた。秋のベースボールに飢えたニューヨーカーに、メッツはほとんど忘れていた興奮をプレゼントしてくれた。

 しかし、最後の最後で鋼のように強いチームと巡り合うと、波打ち際の粘土細工のように脆くも崩れてしまった。ロイヤルズのようにスキのないチームに太刀打ちするスキル、総合力は整っていなかったということなのだろう。

 ただ……たとえ現時点では“世界一”に届かなくとも、今回の経験を糧に、さらに前に進んでいくことはできる。

「ロイヤルズは僕たちがこれから先にやっていかなければならないことをわかりやすい形で示してくれた。頂点に立つために、守備、走塁、経験に裏打ちされた判断力は絶対に欠かせない要素なんだ」
ライトは相手の力を素直に認めたが、そのロイヤルズにしても、1年前に手痛い挫折を味わったことを忘れるべきではない。

 2014年のワールドシリーズ第7戦で百戦錬磨のジャイアンツに1点差で敗れ、29年ぶりにプレーオフに進んだロイヤルズの躍進シーズンは終了。その悔しさをバネにし、彼らは2015年にスケールアップして帰ってきたのだった。

(写真:カンフォートの素質は高く評価され、”来季の今頃にはチーム内最高の打者になっている”と予測するスカウトも Photo By Kotaro Ohashi)

 近年のMLBでは戦力均衡化が進んでいるとはいえ、もともとメッツは長期の優勝争いを睨んで作られてきたチーム。先発4本柱に加え、来季にはザック・ウィーラーも戻ってくる。野手陣ではカンフォート、ダーノウらの成長も望める。

 そんなタレント集団が、今後しばらくMLBを騒がせる可能性は少なからずあるだろう。あとは、今回で学んだことを生かし、重圧の大きな場面でも冷静な判断ができるように。緊張と寒さで身も凍るような秋のスタジアムでも、基本通りの捕球、送球ができるように。先日のロイヤルズ同様、“あのときの経験が役立った”と笑って振り返られる日が来るように。

「ニューヨークシティ。これは終わりじゃなく、特別な何かの始まりなんだ」
シリーズ終了翌日、シンダーガードはそうツイートした。その言葉通り、2015年の終焉は次のステージへと続く通過点でしかない。“ミラクル・メッツ”の新時代は、まだ始まったばかりである。

杉浦大介(すぎうら だいすけ)プロフィール>
東京都出身。高校球児からアマボクサーを経て、フリーランスのスポーツライターに転身。現在はニューヨーク在住で、MLB、NBA、NFL、ボクシングを 中心に精力的に取材活動を行う。『スラッガー』『ダンクシュート』『アメリカンフットボールマガジン』『ボクシングマガジン』『日本経済新聞』など多数の 媒体に記事、コラムを寄稿している。著書に『MLBに挑んだ7人のサムライ』(サンクチュアリ出版)『日本人投手黄金時代 メジャーリーグにおける真の評価』(KKベストセラーズ)。
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