居場所を失う若者と、残念な大人たち---この国の未来を考えさせられる3冊
【リレー読書日記・熊谷達也】
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「決めつけ」に苦しむ現代の若者たち

このところ、書店さんに足を運んで本を物色する機会が増えている。言うまでもなくこのコーナーが原因である。

ネット書店は確かに便利だ。私も大変お世話になっている。だが、思いがけない本との出会いが、ネット書店にはない。おすすめ本の候補は山ほど出てくるが、それらは過去に自分で購入したりチェックしたりした本に関連するものだけだ。

今回選んだ三冊は、リアルな書店で選んだものばかり。頼りにしたのはタイトルだけ。目次すら見ていない。だが、三冊とも、私にとっては当たりであった。その辺の勘は職業柄冴えているのだと威張りたいところなのだが、これまで散々授業料を払ってきた経験の積み重ねに過ぎない。

さて、最初の一冊は、『若者はなぜ「決めつける」のか』である。

決められない若者、であればわかるが、決めつける若者とはどういうことだ? と首を捻りつつ家に帰って手にしてみたら、著者は、1990年代の若者を「決められない」という視点から論じた『若者はなぜ「決められない」か』(2003年刊)の長山靖生氏であった。なんだそうだったのか、と妙に納得した次第である。

著者によれば、現代の若者は二重の「決めつけ」に苦しんでいるという。

一つは「今どきの若者は~」という、どの時代でもあった世間からの決めつけで、もう一つは「がんばってもどうせ何も変わらない」「自分たちの世代(若者)は損をしている」といったような、弱者意識や被害者意識を伴った若者自身の決めつけだとのこと。

90年代の若者のありようを象徴していたのがフリーターであったが、ゼロ年代(2000年代最初の10年)に入ると、自己決定や自己責任がしきりに言われるようになり、政治も個人も「決断する」ことがトレンドになった。

その結果、若者の雇用問題においてゼロ年代に注目されたのが「働かないことに決めた人々」としてのニートであり、さらにテン年代(2010年代)に入って出現してきたのが「ゆとり教育」を受けた若者「ゆとり社員」といったように、その時代に象徴される若者の雇用問題を軸に、興味深い論考が展開されている。