読書人の雑誌『本』
「江戸のアヴァンギャルド」を見よ!
~奇想の天才・伊藤若冲はいかにして再発見されたのか

辻惟雄『若冲』

私と若冲との出会い

伊藤若冲の評価は、現在ではブームの段階を超えて、より安定したものとなっている

「若冲ブーム」のきっかけを作ったのは、2000年(平成12年)、京都国立博物館が企画した「伊藤若冲展」だった。最初はガラガラだった会場が、後半になると異常に盛り上がり、館員を驚かせた。新聞やテレビの宣伝なしに、なぜこの現象が起こったか?

ある大学生が、卒業論文にこのテーマを選び、インタビューを重ねて得た結論によれば、偶然この展覧会を見た若い世代の人たちが、当時ようやく普及し始めていたパソコンのブログを通じて、スゴイ、スゴイとメッセージを発信したのが最大の理由だという。とすれば、若者が、マスコミを介さず、先入観なしに自身の目で若冲を発見したことになる。

以後15年、大小の若冲展が国の内外で開かれ、さまざまな図録が出版され、若冲に目を向ける研究者も増えた。私が四十余年前、『若冲』という図録を美術出版社から出したときとは大違いである。

『若冲』は、「動植綵絵」30幅をはじめとする若冲の主要な作品の「原色版」を、57頁にわたる台紙に貼り付け、モノクロ版32頁をそれに加えた画期的な大型図録だった。

残念ながら、時期尚早のうらみあり、合せて高額のため、売れ行きはいまいちだったという。残部がどう処理されたか、知る由もないが、最近、ネットで古書を検索し、値段に驚いた。もはや自分の手の届かない稀覯書である。

そこに思いがけない申し出があった。『若冲』を、できる限り当初のままの内容で、講談社学術文庫に収めたいという。とはいっても、この本には、図版に続き、かなり長い本文・解説文が附いている。「伝記と画歴」「若冲画小論」「印譜解説」「若冲派について」から「図版解説」「史料」「文献」「年譜」と続く、細かな内容が、すべて1冊の文庫版に収まるか、危ぶまれたが、編集者の苦心により、何とかなった。

私と若冲との出会いは、作品を通じてではなく、美術史学科の学生時代に目にした、ある文章を通じてである。

鶏々の厳しくくぎられた奇妙な凝結は、心の中を揺り動かすようなフォルムを形作って、不定形のシャボテンと嚙みあい、響きあって流れて行く。・・・若冲がシャボテンの俘になったのではなく、形にならない形を持つシャボテンに託し、自由に、自己内面に持つ開放されたフォルムを次々に重ね、無限に拡がってゆく世界を形成しているようだ。

これは、1957年、ある百貨店の展覧会に出品されていた若冲の「仙人掌群鶏図」(西福寺蔵)を見た前衛画家杉全直氏の感想文である。こんな言葉で形容されるような絵が、江戸時代にあろうとは!