ルポ「亡命中国人」~電気棒で拷問。強制送還寸前の、ある男の告白

発端は、天安門だった

庶民がターゲット

「2008年5月20日、友人とお茶を飲んでいたらいきなり公安に連行されました。近所の派出所の取調室に押し込められてぶん殴られ、それから上半身裸で天井から吊るされて、『法輪功からカネをもらったのか』『いったい何を喋ったのか』と電気棒で拷問されました――」

これは、居住先のタイから間もなく中国に強制送還される可能性が濃厚な、ある中国人亡命者が語った過去の記憶である。国内の反体制派や「不穏分子」への締め付けを強める習近平政権は、今年、国境を越えた摘発作戦を展開するようになった。

他国の主権を無視して大ナタを振るう中国の暴走は、なんと私たち日本人にとってすらも他人事ではない――。ノンフィクション作家の安田峰俊氏が緊急寄稿。

10月28日午後1時(現地時間)ごろ、バンコク市内で2人の中国人が捕まった。うち1人の名は姜野飛氏。かつて中国国内で民主派シンパとして活動し、2008年からタイに亡命していた人物だ。

タイ当局の逮捕理由はオーバーステイと、中国政府からの指名手配が出ていたことだが、姜氏はすでに今年の春に国連から難民認定を受けていた。「難民」に対する不自然な逮捕の背景に、中国政府のタイに対する圧力があると見る関係者は多い。

姜野飛氏。15年2月にバンコク市内で筆者撮影

個人的な話ながら、彼の逮捕は筆者にとっても衝撃的だった。実は今年2月、筆者はバンコクでたまたま彼と知り合い、来年刊行予定の自著のために話を聞かせてもらっていたのだ。

日本で一般にイメージされがちな「中国民主活動家」とはちょっと異なる彼の経歴と憎めない個性は、非常に強く印象に残っていた。また、バンコクには東南アジアで最大の30人規模の民主派中国人の亡命者コミュニティがあることも初めて知った。

タイ当局は今年7月にも、新疆から亡命した100人あまりのウイグル人難民を中国に強制送還している。クーデターを決行した軍事政権・国家平和秩序評議会(NCPO)高官の意向に基づいた処置だったという。姜氏もまた、同様に中国に送還される可能性が非常に高い。彼の経歴から考えるに、かなり過酷な拷問を受けるのではないかと懸念されている。

天安門事件に参加→亡命

今年2月27日、私がバンコク市内の中華街・ヤワラートにある京華大旅店の1階レストランで姜野飛氏から聞いた彼の一代記を、独白体に書きなおして紹介してみよう。

こんにちは。私の名は姜野飛。四川省成都市郊外の農村の生まれの47歳です。「姜」という姓が珍しいって? ハハハ、そういえば「うちは姜子牙(太公望)の末裔だ」なんて家伝を聞いたことがありますが、私自身も信じちゃいません。

うちの親父はもともと経済に詳しかったせいで、私は物心ついたときからずっと「反動派の子め!」と人に罵られて育ちました。学校もいくつか転々としています。こうした家庭の事情もあり、私の最終学歴は中卒なんです。

最初の政治活動経験は1989年の天安門事件……なんですが、若いときなので、何が何だかわからないまま熱気に飲み込まれていました。当時、自転車修理工をしていた私は仕事を放りだして1か月以上デモに参加したものの、学生の話は難しくてよくわからない。

「官僚腐敗打倒」とかのスローガンも、やっぱりよくわかりませんでした。ただ、世の中のなにかが変わるんだ、これまで苦労した毎日が変わるんだ、と思って、デモ隊に付いて行っていましたね。

北京で何が起きたか知らないままデモをやっていたら、6月4日の夜から軍隊に掃討されました。戦車は見なかったですが、装甲車はありました。銃撃を受けて、近くにいた人は撃たれたけれど私は助かった。

成都でも数十人くらいは亡くなったのではないかと思います。事件後に摘発を避けるために雲南省まで逃げましたが、なんともなさそうなので1か月後くらいに成都に戻りました。

通常、日本まで名前が伝わるほどの中国の民主活動家は、天安門事件のリーダーだった王丹やウアルカイシ、近年中国国内で投獄された劉暁波や浦志強など、輝かしい学歴を持つエリートが多い。だが、姜氏はあくまでも庶民層の人だ。

私の従来の取材経験上でも、天安門事件を経験した庶民層の中国人の感想は「なんだかよくわからなかった」という声がかなり多い。姜氏もまた、よくわからないまま熱気に突き動かされ、よくわからないまま銃撃され、事件後はよくわからないまま日常の仕事に復帰して、当時の熱気を忘れていった。

実のところ、これが六四天安門事件当時の中国の庶民の現実だった。姜氏はそんな国家の地方都市に暮らす、どこにでもいる普通の中国人の一人であった。