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創設100年、山口組「最後の抗争」いったいどうなる!?
暴力団取材の第一人者・溝口敦インタビュー

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山口組の分裂とその危機的内情を描いた最新ドキュメント『山口組動乱!!』を緊急刊行した溝口敦氏。山口組が分裂に至った経緯や今後の抗争の行方について話を聞いたーー

―2008年から、今年9月に起きた名古屋の六代目山口組と神戸山口組の分裂に至るまでの山口組の動きを追ったドキュメントが一冊の本にまとめられました。

今回の分裂について、本書では「民主化運動の側面がある」と分析されているのが印象的です。

分裂の背景には、直参組長が納めなければならない月会費の高額さと、弘道会系による人事の壟断があります。ですが、これを「弘道会対山健組」といった派閥抗争の図式でとらえると見誤ります。

というのも、新たに旗揚げされた神戸山口組の井上邦雄組長(四代目山健組)や入江禎副組長(二代目宅見組)は、司忍組長-高山清司若頭による強圧的な山口組支配に積極的に加担していた人物だからです。

神戸山口組に加わった側からは、今回の分裂は百姓一揆や逃散だという声が聞こえてくる。司-高山体制下では、警察や社会の締め付けでシノギはどんどん細っているのに、直系組長ともなれば毎月115万円もの上納金を捻出しなければならない。

経済的に追い詰められた組長たちが、自分たちの身分と尊厳をかけて起こした「民主化運動」という側面が強いのです。

―本書の中で明かされていますが、溝口さんは昨年10月の時点で分裂の動きをキャッチしていたそうですね。

ある直系組長から「我々は立ち上がる」と聞かされたとき、「本当にできるのか」と、正直なところ疑念を抱きました。

これまで山口組の権力をほしいままにしてきた司-高山体制に対して、拙劣な戦い方では敵うまい・・・。そう思っていましたが、案に相違し、神戸山口組を旗揚げした手腕は大したものです。それだけ六代目山口組に不満を抱く幹部が多かったということでしょう。

―今回の分裂に伴う抗争は、'84年から起きた、山健組と一和会による山一抗争とはかなり様相が違いますね。

30年前の山一抗争のときは、山口組が分裂してすぐに血で血を洗うような報復合戦が始まりました。

今回も、飯田市で神戸山口組に移籍を考えていた組員が殺されたり、一方に仕掛けていった組員がもう一方から返り討ちにあったという未確認情報も流れていますので、抗争は始まっているとは言えますが、双方とも当事者なり被害者になろうとはしていない。現状は、水面下で激しくさや当てをしています。

ただ、とにかく、二つの相対立する組織が隣り合わせに存在しているわけですから、シノギを巡る争いがあって当然です。むしろ、そういう敵対関係にある相手を侵食していくというのが彼らの本来の生存の仕方です。

これまでは、相手の勢力を食いたくても同じ山口組系の団体だったり、あるいは山口組が友諠を結んでいる団体だったので、他の組織を食いたくても食えない状況だった。今度は面と向かって食える団体が登場したのですから、経済活動を通して小競り合いが起こり、さらに物理的な暴力事件に発展していくのは火を見るより明らかです。