雑誌
常勝西武vs野村ID「1993年ヤクルト日本一」を語ろう あの奇襲はすごかった!
野村克也×川崎憲次郎×石毛宏典
1993年日本シリーズ/野村克也監督率いるヤクルトスワローズと森祇晶監督率いる西武ライオンズの2年連続の決戦。前年敗れたヤクルトが4勝3敗で15 年ぶり2度目の日本一に輝いた。野村監督は監督として初の日本一、森西武が日本シリーズ初黒星と歴史的なシリーズとなった。

打たれるくらいならぶつけろ

石毛 ヤクルトは今季、14年ぶりに日本シリーズに出ましたが、我々は、'92、'93年と2年続けて対戦しました。'92年は西武が日本一になったけど、接戦ばかり。翌年も厳しいシリーズを予想していました。

野村 そんなことないだろう。当時の西武はV9時代の巨人より上だよ。私は南海の捕手として、V9の中心だった長嶋茂雄や王貞治とも対戦したからわかる。西武は投手力が突出していたし、打線も石毛を筆頭に秋山(幸二)、清原(和博)、伊東(勤)、辻(発彦)と適材適所に人材がいた。

石毛 でもウチは、前年まで中軸を打ったデストラーデがメジャーに戻り、リーグ戦も苦しかった。

野村 彼がいなくても足があって長打もあり、嫌な打線だった。西武に比べ、ヤクルトは発展途上だった。だから公の場では「西武に負けてもショックはない」と言ったけど、内心負けたくなかった。西武の森(祇晶)監督は巨人のV9時代の捕手で、ライバルだからね。

川崎 僕は、前年の日本シリーズで日本一を逃して迎えた、'93年のユマキャンプ初日のミーティングを今でも覚えています。監督は第一声で、「今年は絶対に日本一。リーグ優勝してもシリーズで負けたら一緒だ」と熱く語った。それまで3年間のキャンプ序盤は、人間学の話だったので、インパクトがありましたよ。

石毛 野村さんの思いは選手にも伝わっていた。のっけから「宣戦布告」でしたよね。第1戦先発の荒木(大輔)が先頭の辻にいきなりデッドボール。3番の僕も右肘に死球でした。打ちにいっているので、当たる僕も悪いんですけど。

野村 石毛を打ち取るのは容易じゃない。打たれるくらいなら、ぶつけろだよ。ふふっ。

川崎 もちろん当てろとは言われていないですけど、監督からはインコースを攻めろという指示は出ていました。

野村 インコースを意識させると、打者にとって大事な「壁」、つまりピッチャー側の肩、腰、ひざが崩れる。バッター攻略の一番の近道なんだよ。

大事なのはキャッチャー

川崎 それと、とにかく3、4、5番、特に清原さんには打たせるなと。

野村 清原に気分よくやらせてしまったら勝てない。眠らせておかないと。

石毛 うちは、第1戦で先発した(工藤)公康が初回、5番のハウエルに3ランを浴び、勢いづけてしまった。ヤクルトが8-5で勝ちましたが、野村さんは、初戦にどのくらい、重きを置きましたか。