24時間「人間味」を感じられる場を発明したいーー松浦弥太郎「スマホ時代のメディアのきほん」

2015.11.10 TUE

「インターネットをやりたい。クックパッドで」

50歳を前に新しい挑戦をしたいと、松浦弥太郎さんは、9年間編集長を務めた『暮しの手帖』を辞して、クックパッドへ入社。そして、2015年7月1日「くらしのきほん」を立ち上げた。それから3ヵ月−−

「くらしのきほん」を訪れるとまず、「おはよう」「こんにちは」「おやすみなさい」と、松浦さんが朝昼晩、あいさつをしてくれる。そして、「たのしい」「ありがとう」「こころがける」「まごころ」……など気持ちや行動の言葉でカテゴリーされたコンテンツが、ゆっくりと更新されている。

「『自分』を好きになってもらえるように、毎日精一杯話しかける。その『自分』は『メディア』と一緒です。」

その言葉どおり、「くらしのきほん」には、松浦さんがそこにいるような、“人の気配”が感じられる。情報があふれるインターネットにはあまりなかった静かさや温かさがそこにはあって、更新のペースも量も心地よい。だからまた、訪れたくなる。

まだまだ道半ばだという松浦さんは、どんな想いを持って、これからどんな「メディア」を作ろうとしているのだろう。インターネットで、クックパッドで、「くらしのきほん」で。(取材・徳瑠里香、藤村能光[サイボウズ式]/写真・三浦咲恵)

自分が、一番好きで一番厳しい目を持ったユーザーになる

9年間続けた『暮しの手帖』の編集長を辞して、クックパッドへ移籍したのには、プライベートな「わがまま感情」が作用しているんです。

50歳を前に、これから自分が世の中との関係をどう作っていくかを考えたときに、ふと、僕はなぜインターネットの世界のなかにいないんだろう、と。

新しく開発されて、これからもっと進化していく、スマートフォン。遠くからそれらがもたらす変化を外から眺めているんじゃなくて、そのなかに自分も入っていたい。一番近くで見ていたい。そんなわがままな感情がエネルギーになって、僕の背中をポンと押してくれました。

「すごい転身ですね」とよく言われるんですが、僕のなかではそこまで大きな決断ではないんです。もちろんエイヤッ!っていう気持ちはありましたが、それは今回だけじゃない。

これまでも、こみあげてきた自分の「好き」をメディアとして発信してきたわけで。クックパッドでの挑戦も、その延長線上にあるんです。

7月1日から「くらしのきほん」をスタートしましたが、やっぱり、心の奥からこみあげてくるものがありすぎて……居ても立ってもいられない。もっと伝えたいことがたくさんあるけれど、時間など物理的な制約もありますから。もっと発信できる、もっと伝えたい、といつも思っています。

くらしのきほん https://kurashi-no-kihon.com/

伝えたい「好き」がどんどんこみあげてくるから、「次どうしよう?」と考えたことはあまりないんです。僕はせっかちだから、早く伝えたいと思ってしまうんだけれど、メディアは相手があることですからね。

僕個人がアウトプットしたいスピード感と、読者・ユーザーが受け取りたいスピード感はやっぱり違うと思うんです。

だから、読者・ユーザーにとって心地よいことや嬉しいことを考えると、発信の仕方はチューニングしていかなくちゃいけない。そこは客観的に見ています。ちょうどよさをいつも考えます。

だから、作っている側と受け取る側をしょっちゅう行ったり来たり。自分に対してダメだしもたくさんします。常に客観的でいられるかと言われるとなかなか難しいのですが、そこをあきらめちゃうと、クオリティのあるメディアは作れないと思います。

いつも僕は、自分がつくるメディア、いまなら「くらしのきほん」の一番のヘビーユーザーでありたいと思っているんです。

自分が一ユーザーとして、傷つかないか悲しくならないか、嬉しいか嬉しくないか、必要か必要じゃないか、寝ても覚めても朝昼晩いつも考えています。

自分自身が、そのメディアが一番好きで、一番厳しい目を持ったユーザーなんです。

ユニークで、人の体温が24時間感じられるメディアでありたい

僕はメディアをつくるときに「人間味」……言い換えると、「ユニークさ」を大切にしています。

ユニークという言葉はすごくいいですね。ある種の個性でもあるし、取り繕うとしたり、正しくあろうとしたりするとユニークにはなれない。自然で、ありのままの自分に近い状態。

「くらしのきほん」は編集長である僕と、編集者とデザイナー、アルバイトも含めて計5人のチームで運営していて、開発はクックパッドのエンジニアチームに助けてもらっています。ほかにも協力してもらっている方々もいますが、基本的には自分たちで文章を書いて、写真や映像を撮って、コンテンツを作っているんですね。

少ない人数ですが、アップする前にみんなで確認をして、いろんな人の視点が入ってくると「ユニークさ」が薄まってしまうことがあります。企業やチームで取り組むことによって個人の手垢のようなものがキレイにされてしまう。

僕は多少違和感があったとしても、正しくはなかったとしても、ユニークな部分は残しておきたい。ノイズを消してはいけないとも。

「くらしのきほん」は現段階では、「松浦弥太郎」という一人称であるべきだと思っています。スタートして3ヵ月、まだまだ原型もできていない状況なので、そこができるまでは僕自身がもっとコンテンツの純度を高めて、もっと発信していかないといけない、という意識があります。

だから、クックパッドという企業においても、「メディア=個人」という感覚ですね。

いかに人の体温、肌のぬくもりのようなものがウェブサイト上に、心地よく伝わるか、感じられるか。その裏側には人がいるんだ、と思えることがメディアの信用にもつながると思います。

人の気配が24時間感じられることを、メディアとして大事にしています。

松浦弥太郎の「くらしのきほん」がこれから目指すもの

これから先土壌ができたら、そこに種を植えて、いろんな花や木が育っていったらいいな、と思っています。「松浦弥太郎のくらしのきほん」という原型ができれば、どんな人が入ってきても崩れないと思いますから。そこにはやっぱり、必要な時間と段階があるでしょう。

僕がユーザーだったら、急にいろんなコンテンツやサービスが増えていくより、少しずつ変化していってほしい。よちよち歩きの赤ちゃんがいきなり走り出したらびっくりするじゃないですか。そういう成長の過程を1歩1歩踏みたい気がしているんです。ユーザーとしての自分が。

だから、時間をかけて、自分たちが思い描いた絵をかたちにしていきたいと思っています。

いまはコンテンツを一方的に発信しているだけで、一方通行なブログのようなメディアですが、いずれはユーザー参加型にしたい。ツールとして利用できるサービスをいくつも実装していきたいです。

スマホは持っていて楽しいし、機能はいろいろあるけれど、何かを記録できる面白さがある。メディアをつくる僕らは、日々の暮らしのなかで、心の奥からこみあげてくるものを記録しているわけですが、ユーザーにとっても記録する場になったらいいなと思っているんです。

ノートだったり、アーカイブだったり、僕らとユーザーが互いに記録していったものを分かち合っていけるような場。そういう記録する場としての新しいメディアのかたちは思い描いています。まあ、発明ですね。

僕自身が30歳から無意識的にやっていた、自分の小さな「好き」同士をつなげて広げていったこと、つまり個人がメディア化することが、いまは特別なことじゃない。だってスマホがありますから。

「くらしのきほん」のなかでユーザーの方たちにも、自分の「好き」なサークルをつくって広げていってほしいです。

ある種サービスとしてメディアを作っていく側としては、プラットフォームを作りたい。編集者の仕事も変わってきていると思いますね。コンテンツを発信するだけでなく、場を作る。

もちろんいままでどおり、見たり聞いたり感じたもの、自分の感動を伝えるという役割も変わらずあるのですが、いままでなかった新しいツールを発明していくことも求められるでしょう。

それを可能にするのがスマホ。本当にいろんな可能性を秘めていますよね。

「暮しの手帖」からクックパッドに移って「くらしのきほん」を立ち上げて、紙からウェブへ、大きな変化だと言われますが、基本的な姿勢は変わりません。いつだって僕らの都合より、ユーザーや読者のことを一番に考えていますから。

ただデバイスが違うので、表現の手法の違いはすごくあります。紙とスマホ。たとえば、A4サイズの雑誌1ページと名刺サイズのスマホ画面で見せる写真のセレクトは異なります。文章もボリュームや呼吸のリズム、漢字の使い方など、細部までチューニングとディレクションが必要です。

自分がスマホユーザーであったときに、どうあってほしいのか。そこを重視します。ソファに座って見るのか、移動しながら見るのかで、伝え方、見せ方のチューニングは当然違いますから。

だから、文章を書く松浦弥太郎のこだわりは捨てて、一回全部ゼロにしちゃう。縦書きの頭を横書きにすることから、自分の当たり前をどんどん壊していって、新しく作り直していく。その作業は僕なりの「精一杯」でもあるんです。

これからは人々の日々の生活に、自分というメディアがいかに溶け込んでいけるか。

メディアは人であって、僕はユーザーとすごく仲のよい友だちになりたいんです。四六時中一緒にいられる家族や親しい友だちのような存在になりたいし、なるべきだと思います。

信頼できて、面白くて、ユニークで、精一杯。僕はそういう人が好きだから、そういうメディアを目指しています。親友になろうよと思ってもらえるように。

松浦 弥太郎(まつうら やたろう)
「くらしのきほん」主宰 / エッセイスト

2006年から「暮しの手帖」編集長を9年間務め、2015年4月にクックパッド(株)に入社。「正直、親切、笑顔、今日もていねいに」を信条とし、暮らしや仕事における、たのしさや豊かさ、学びについての執筆や活動を続ける。著書多数。雑誌連載、ラジオ出演、講演会を行う。中目黒のセレクトブックストア「COW BOOKS」代表でもある。
松浦弥太郎instagram/松浦弥太郎の『続・くちぶえサンドイッチ
【編集後記】
松浦弥太郎さんの存在を知ったのは、高校時代に読んだ『くちぶえサンドウィッチ』という随筆集だった。芯があるのに軽やかで、散りばめられたきらきらした言葉たちに、どきどきしたことを今でもよく覚えている。それから上京して、COWBOOKSに通い、『暮しの手帖』や著書を読み、「くらしのきほん」にも訪れている。
都会の喧噪のなか、あるいは情報がごちゃごちゃと溢れるインターネットのなかに、松浦さんは自分に正直になれる静かな空間を、いつもていねいに作ってくれている。暮しの手帖からクックパッドへ。場所や手段は変わっても、松浦さんは「メディア」として私たちに寄り添ってくれている。
今回、松浦さんは私たちの「メディアってなんだろう」という問いに真摯に答えてくれた。メディアとは人であり、「精一杯」、その先にいる相手に向かって「話しかけること」―。とても大事なことを教えていただいた。ありがとうございます(徳瑠里香/講談社「現代ビジネス」編集部)。
【編集後記】
今、誰に一番話を聞きたいか? と聞かれれば、「松浦弥太郎さん」とすぐに答えられるくらい、松浦さんに心を奪われていた。考えること、ていねいに生きること、変わること、正直であり続けること──。生きていく上でたいせつなことの多くは、松浦さんから教わった気がする。
「『自分』を好きになってもらえるように、毎日精一杯話しかける。その『自分』は『メディア』と一緒です。」
メディア「くらしのきほん」は、松浦弥太郎さんの映し鏡のようだ。日々ていねいにくらしをつむぐ。少しずつ、確実に成長している。その小さな変化を見るにつけ、メディアがメディアになるためには、人格が必要だということに気づく。また1つ、松浦さんに教わってしまった。今日もありがとう(藤村能光/サイボウズ式編集長)。

了。