読書人の雑誌『本』
『アンパンマン』に込められた作者の想いは何だったのか?
~45年来の愛弟子が綴る、恩師やなせたかしの業績と素顔

小手鞠るい『優しいライオン』
〔PHOTO〕 iStock

「水瓶」を得た魚

(文・小手鞠るい)

むかしむかし――と言っても、今から10年ほど前のお話である。

吐く息も凍りつくほど寒い、ニューヨーク州の真冬の夕暮れ時。全身を包むダウンコートに毛糸の帽子、ぐるぐる巻きにしたマフラー、手袋二枚に長靴、という出で立ちで、私は雪道を踏みしめながら、ウッドストックの村はずれにある古い一軒家を訪ねた。

「こんにちは」
「ようこそ。さあ、お入りなさい。寒かったでしょう」

まるで幽霊屋敷みたいな家のなかから出てきたのは、まるで魔法使いのおばあさんみたいな占い師である。

1992年に渡米して以来、こつこつと小説を書きつづけていたのだが、書く原稿、書く原稿、ボツになるばかりで、ほとんど収入もなく、夫から「今月は、僕の収入だけでは家のローンが払えなくなったので、銀行からお金を借りたよ」と言われるまでになっていた。

小説家になるのはそろそろあきらめて、小さなコンビニエンスストアを買い、その店の運営を私の生業とするか、というところまで話が進んでおり、ときどき、夫といっしょに物件を見に行ったりするようにもなっていた。

そんなある日、ふとしたきっかけで知り合った占い師に、運勢を占ってもらうことにしたのである。まさに、溺れる者は藁をもつかむ、という心境で。

魔法使いのおばあさんは星占い専門の人で、開口一番「私は直感や霊感では占わない。このチャートをもとにして、ここに書いてあることを、ただあなたに伝えるだけだ」というようなことを言った。彼女の目の前には、百科事典を十冊分くらい合体させたような、ぶ厚い書物が置かれている。

おごそかにページをめくりながら、彼女は告げた。

「魚座のあなたは不安定で、ぐらぐらしていて、もろくて壊れやすく、感情に流されやすく、自分を見失いがちだ。しかしながら、あなたは水瓶座の存在によって、安定する。水瓶座は、あなたの強力な味方になり得る。水瓶座の力によって、三本足のテーブルは四本足になる。水瓶座はあなたの守護神だ。チャートにはそう出ている」

これで、20ドルである。

確かに私の性格は彼女の言った通りだし、夫の星座は水瓶座。だから、何もかも当たっていたと言える。しかし、たったこれだけのことに、20ドルを払う価値があったのかどうか。