『天地人』の原作者・火坂雅志の集大成〜己の信じる道を歩みつづけた一人の男の生涯
【書評】火坂雅志・著『左近』/評者 高橋敏夫
左近が用いたのぼり旗(関ヶ原)(Photo:wikipediaより)

騒擾、謀略、激闘と、急転につぐ急転のじつにめまぐるしい物語にして、同時に、どっしりと動かぬ印象の物語だ。

戦国乱世をステージにしたこの物語にはいつも、主人公である島左近のいささかも動じない、つよい思いがみなぎる。

松永弾正の猛攻に劣勢となった主家、筒井家を捨てよと促す父に、左近は肩をそびやかし笑い、そして言い放つ。「強い者が来れば尻尾を振り、なりふり構わず擦り寄っていく。それでは、小狡い狐と変わりませぬ。漢とは、もっと巨きな・・・・・・。岩をも砕く滝の如きものでなければならないと、それがしは信じておりまする」。義と信の人、島左近の登場である。

本作は、『天地人』、『軍師の門』、『真田三代』、『業政駈ける』など、戦国の世に己の信じる道を歩む者を描いてきた、作家火坂雅志の集大成ともいうべき作品になっている。

火坂雅志は、今年の2月に58歳で急逝した。未完とはいえ、上下巻合わせて700頁をこえるこの大作には、火坂雅志が作家的生涯において頑ななまでに守りつづけた信条が、全篇をとおして執拗にあらわれでる―。

永禄二(1559)年。大和盆地を見下ろす信貴山城に、城主の松永弾正が二人の客人を相手に茶を点てていた。一人は柳生宗厳(後の柳生新陰流開祖、柳生石舟斎)、もう一人は堺商人の今井宗久。三人とも下剋上の乱世を歓迎し、自分の目的のためには裏切りも厭わない。そんな男たちの前に敢然と立ちはだかるのが、筒井家の家臣で、「鬼左近」の異名をとる若き島左近であった。

物語は初め、大和への侵攻をくりかえす松永勢と、左近を軸にまとまる筒井勢との血を血で洗う戦いをとらえる。しかし、乱世はこの大和においてだけではない。ほどなく、桶狭間の戦いで今川義元を破り織田信長が躍りでた。

筒井氏は明智光秀を介して織田軍の傘下にはいった。が、武将たちを道具のように使う信長を左近は気にいらない。光秀の信長殺しの後ただちに光秀を討った羽柴秀吉は、天下人への道をまっしぐらに昇りだす。

主君筒井順慶の死後、浪々の身となった左近を求めたのは、石田三成だった。秀吉に仕えるのは「天下万民を飢えさせぬため、泰平の世を招来するため」と熱っぽく語る三成に左近は残りの人生を預けようと思う・・・・・・。

時代と人にふりまわされず、あくまでも己の信じる道を歩みつづけた左近はわたしだ、というつよい思いが火坂雅志にはあったにちがいない。

たかはし・としお/'52年生まれ。日本近現代文学を専門とし、漫画や映画も論じる。『時代小説はゆく!』『文豪の素顔』(共著)他

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『左近』〈上・下〉
火坂雅志・著 税別価格:各1700円
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“石田三成に過ぎたるもの"と称えられた戦国武将・島左近清興の知られざる生涯を描いた長編小説。

ひさか・まさし/'56年生まれ。出版社勤務を経て、'88年『花月秘拳行』でデビュー。『天地人』で中山義秀文学賞受賞