読書人の雑誌『本』
綿矢りさ2年ぶりの新作!満たされているのにいやに具体的な「不安」を描く
『ウォーク・イン・クローゼット』綿矢りさ

苦労の多い主人公

文/綿矢りさ

1冊の本に2つの話が入っていて“互いに関連があるかも”と思いながら読み進めることがあるが、今度の新刊『ウォーク・イン・クローゼット』ではまったく関係がなくて、人称も男女も異なる。

「いなか、の、すとーかー」は駆け出しでありながらも、ドキュメンタリー番組への出演によって、人気と知名度を得た、若い陶芸家の男性が主人公。彼の仕事場を探し当てたファンの女性が、ストーカーと化し突撃してくる。

ストーカーというと大体男性で、また車で後をつけてきたり、ネットを駆使してブログなどでターゲットの個人情報を集めたりと、陰湿な都会の知能犯のイメージが強い。人口が多いのに周りは他人ばかりの都会で、とは違って、田舎の素朴な田園風景のなかで見た目はすごく真面目そうな女ストーカーに追いかけられるというのはどんなものだろう、と興味がわいて書いた。

また一口にストーカーといっても、人によってなってしまうきっかけはそれぞれだし、悪行のやり口や性格のタイプは複雑なので、多様化するストーカーの恐ろしさも書きたかった。

表題作「ウォーク・イン・クローゼット」は、アラサーの女性が、クローゼットに入っている自分の服を戦闘服に見立てて、複数の男性相手のデートに奮闘する話だ。いくらおしゃれが好きでも、誰かに選んでもらいたいという下心を胸に着る服を決める生活を何年も続けてくると、どうしても擦り切れてくる。

小金を貯めて買った結構たくさんの服が並ぶクローゼットの前で「私が本当に着たい服は、もしかしたらここに一枚もないかもしれない」と呆然と立ち尽くすこともしばしば。クローゼットの扉を開けたら服の代わりに、お目当ての理想の男の人たちが横一列にずらりと並んでいたら、それは最高の光景だよな、もう一生服をあれこれ選ぶ必要がないかも、という妄想から始まったのが本作だった。