読書人の雑誌『本』
わずか100年で平均寿命が2倍に!〜「薬」は世界地図をも大きく書き換えるシロモノだった

歴史の転換点としての医薬を考える
〔PHOTO〕gettyimages

(文・佐藤健太郎)

医薬の視点で歴史を捉え直す

囲碁や将棋のプロ棋士は対局後に必ず、終わったばかりの勝負を初手から並べ直し、詳細な検討を行なう。いわゆる「感想戦」と呼ばれるものだ。あの局面でこう打っていればどうだったか、どうすれば勝ちがあったのか。石ひとつの位置、持ち駒ひとつの種類が変わっただけで、その後の展開はまるで異なってゆき、勝敗さえ逆転することもしばしばだ。こうして「あり得たかもしれない局面」を構築、検証するのは、大いに勉強になることでもあり、また実に面白くもある。

歴史上でも、こうして「あり得たかもしれない世界」を考えてみるのは大変楽しい作業だ。あの人物があと数年命を保っていたら、この発明品があの時代にあったならといった想像は、誰しも一度はしてみたことがあるだろう。

たとえばルネサンスの三大発明といわれる、火薬・羅針盤・活版印刷などの、世界史に与えたインパクトは計り知れない。火薬の存在は、数々の戦争の勝敗を左右してきたし、羅針盤がなければ大航海時代はなかった。印刷術がなければ、ルターは自らの主張を世に広めることができず、宗教改革の進展もなかったかもしれない。

ではどの発明品が、歴史に最も大きな影響を与えたといえるだろうか? 青銅器、紙、蒸気機関、電球、コンピュータと、人によってさまざまな答えが返ってきそうだ。紙は蔡倫が発明せずとも誰かがやがて考え出していただろうが、ワットがいなければあの時代に蒸気機関は発達せず、大英帝国の世界制覇もなかったのではないか、などなど議論の種は尽きそうにない。

このような、歴史を揺るがした発明についての本はいくつもあるが、どうも医薬について取り上げたものは少ないように思える。かつて製薬企業で新薬開発に取り組み、現在も医薬関連の書籍や記事を書く機会の多い筆者としては、少々寂しいところだ。しかし医薬の影響力は、活版印刷やコンピュータに比べても、決して劣るものではない。

教科書などではあまり取り上げられないが、病気は世界史における大きなファクターだ。ベストセラーとなった『銃・病原菌・鉄』(ジャレド・ダイアモンド著)は、病原菌やウイルスが、ヨーロッパ人による世界制覇の重要な因子であったことを指摘している。たとえば、天然痘などの疫病で人口が激減していなければ、南北アメリカ大陸で繁栄していた文明があっさりとヨーロッパの征服を許すことはなかっただろう。

であれば、病を癒す力を持つ医薬は、大きな歴史のターニングポイントたりうる。筆者の近著『世界史を変えた薬』(講談社現代新書)は、こうした視点から歴史を眺め直す試みだ。