「社員教育はしません。でも世界で通用します」――星野リゾート、自立したチームをつくる「超オープン戦略」

2015.11.12 THU

「星野リゾートは体験を提供しています。体験をメディアと捉えるならば、すべての体験がなにかを伝えているでしょう。しかし、そうなると、ありとあらゆるものがメディアになるのかもしれませんね」

星野リゾートとメディアの関係について、星野佳路社長はこう答える。あらゆるものがメディアに溶け込むとき、どうやら「体験」が大切になりそうだ。

そう考えれば、こだわり抜いた体験を提供し続ける星野リゾートは広い意味ではメディアの範疇に入るのかもしれない。その体験を毎日提供しているのはもちろん、各旅館やリゾートの社員=人だ。

「ニーズに応えすぎると、オリジナリティがなくなる」
「こだわりに気付いてもらえるときがビジネスの快感」
「作り手が楽しいかどうかの視点でコンセプトを作る」

独特な企業哲学をもつ星野リゾートではどのように社員を教育しているのか? 星野社長が提供するものは、ただひとつ、「環境」だという。なんのために、どんな環境を提供しているのか。

また、地方創生の次は世界展開へと向かう星野リゾート。すでにタヒチに進出し、2016年には「星のやバリ」の開業を予定している。世界で通用する理由とはなんだろう?(取材・徳瑠里香、藤村能光[サイボウズ式]/文・佐藤慶一/写真・三浦咲恵)。

星野佳路(ほしの・よしはる)
星野リゾート代表取締役社長。1960年、長野県軽井沢生まれ。慶應義塾大学経済学部を卒業後、アメリカのコーネル大学ホテル経営大学院修士課程へ。その後、日本航空開発、シティバンク等を経て、1991年に先代より会社を引き継ぎ、星野リゾート代表取締役に就任。国内外30以上のリゾートや旅館を運営し、2016年には「星のやバリ」「星のや東京」の開業を予定している。 http://www.hoshinoresort.com/

スタッフが発想・判断・行動するための環境を提供する

星野リゾートでは基本的に社員教育をしていません。もちろん入社時に基礎技能の習得を課していますが、結局はチームでいかにこだわりを出していくかに尽きます。そこで、私の仕事は環境を提供することです。

社員によって、環境の活かし方には差やレベルの違いがあります。それぞれの現地には自立した社員が環境を活かして新しい発想や発信をする一方で、そうしたくない人もいる。

地方で旅館を開業するとリクルーティングが本当にたいへんですから、私にとって社員は毎日会社に来てくれるだけでも十分なのです(笑)。もちろん現状を変えたい人はどんどん変えてもらいたいです。こちらのミスは全力で取り戻しますが、お客様とのミスマッチから起こるクレームは気にする必要はありませんから、いい環境だと思います。

私が提供しているのは、スタッフが自分で発想・判断し、行動する領域をできるだけ広く設定する環境です。情報がないとなにも判断できませんから、それを得られる環境を用意しています。

稼働率や売上、費用、顧客満足度などの情報を公開

たとえば、それぞれの旅館の経営状態の公表。経営者がなにかを判断するときに稼働率や売上、費用などの数字を把握することが大事です。星野リゾートでは社員一人ひとりがデータにアクセスでき、どれだけお金があるのかを踏まえて将来的な判断を下せます。

それから顧客満足度も社員に公開し、過去1年間――夏休みやシルバーウィークなど――の全旅館における満足度を知ることができます。たとえば料理がおいしくないと思えば実際に満足度を確認します。社員自らの責任で方向性を決め、目の前の課題を優先すべきかどうか判断しやすいようにデータを公開しているのです。

このような環境を活用して社員は施設のコンセプトや経営を考えます。たとえば、行っていただいた「界 遠州」では、「お茶のおもてなし」が大きなテーマです。社員がこのコンセプトで突進すると決めたのです。そこでお茶をブレンドする施設をつくりたい、お茶のスペースをつくりたいとなれば、資金調達するのが私の役割です。

ただ過去の成功体験を引きずっていても仕方がないので、常に新しい魅力を考える必要があります。界 遠州であれば、私はお茶にこだわっているわけではないので、そこになにかを足してもいいし、お茶ではない新しい魅力で勝負してもいい。誰かが新しいアイデアを出し、自立したチームで判断する。そのために、権限を与え、情報も公開しています。

経営者の視点を持って事業に臨んでほしい

事業は経営・ビジネスベースで考えないといけませんから、私も大元の発想や開業の際には深くコミットしています。たとえば、「星のや富士」では「グランピング(グラマラスとキャンピングを合わせた造語)」がコンセプトですが、スタッフがこれで行くと決断ができるように、リスクのある方向性に踏み出すことも私の仕事です。

ここまで環境を提供しているのだから、社員には経営者の視点を持ちながら事業に臨んでもらいたいと思っています。私は結果にはこだわります。このときの結果というのは、自立した経営をおこない、収益を出すことです。同時にお客さまの満足度にもこだわります。

要するに、私の教育に関する考えは、本人がやりたいと思わないかぎり、強制的に詰め込んでもどうしようないというものです。無理やり教えるのはコストの割に成果が出ないからこそ、やりたい人がやりたいことを実現できる環境を提供しています。

ビジョンを伝え続け、理想との距離感も把握する

会社が拡大しても、ビジョンやミッションの理解度が下がることはありません。私はビジョンとは、「これから乗ろうとしている船の行き先」だと捉えています。たとえば、電車に乗るときに行き先を確認しない人はいないですよね。それと同じで、「こちらに行きますが、乗りますか、乗りませんか」という2択のなかで判断してもらう。

やはりビジョンをブレずに繰り返し言うことはとても大切です。もうひとつ大事なのは、ビジョンとの距離感を知ってもらうこと。つまり、ただ掲げるだけでなく、向かう将来像に対して、いまはどれくらいの位置にいるのかを共有するのです。

星野リゾートでは特に中長期的な視点を大事にしています。現場では短期的に売上を上げようという考えに揺さぶられることもありますが、それに対して別の視点でものを言うのが私の役割です。中長期的に星野リゾートはいい旅をつくる身近なブランドだと多くの人に認識してもらえるかどうか。この点がメディアを通じた広報ブランディングの重要課題でもあります。

大方針のもと短期目標や限られた予算のなかで、短期的・中長期的な目標に相容れない部分があるときは、私が「もういいよ」「この試合は勝たなくてもいいよ」と短期的な目標を断念する決断を下します。「ここまで来たら折り返せない」となんとか勝つことを考えますが、そのひと踏ん張りが中長期的に見て生産的でないこともあると思っています。

星野リゾートはなぜ世界で通用するのか

中長期的に見て、星野リゾートの仕組みが世界に通用するかどうかは大きなテーマです。国内では通用しても世界では通用しないとたくさん言われてきましたが、そう言われると急に行きたくなります。これまでは地方再生がひとつのテーマでしたが、これからはどんどん海外に進出していきます。

2016年には「星のやバリ」を開業する予定です。すでにタヒチ・ランギロア島で展開していますが、フランス領のため日本と労働法も異なります。そこで星野リゾートの仕組みが通用するかどうかはやってみないとわからないのです。

そもそも私は、世界中の働く人の基本的な欲求はほとんど同じだと思っています。どんな国でも宗教でも言語でも労働法のもとでも、楽しく仕事をしたいし、自分の商品やサービスにプライドを持ちたいし、自分が動ける領域は広いほうがいいし、勤務先の情報はほしいし、経営に参画したい――。これらが共通するならば、たとえ文化や言語、法律が違っていても星野リゾートの仕組みは通用すると思います。

実際、タヒチに進出したことはとてもよかったです。これまでの日本企業は、現地の人を労働力としてしか捉えておらず、サービスや企画を手がけるクリエイターとして期待していませんでした。タヒチでは支配人だけは日本人ですが、そこで働くタヒチ人のスタッフたちが星野リゾートらしさや考え方を実践しています。

現地に行くたびに、料理の試作をしてみたから食べてくれとか、スキがあれば積極的に提案してくれるのです。タヒチ人のスタッフが働くことをおもしろいと感じているのだと思います。もちろんこれは世界中で働く人たちの価値観です。タヒチ人たちは言いたいことを遠慮せずにどんどん質問するので、もしかすると、星野リゾートのモデルは日本よりもタヒチのほうが向いているのかもしれません。

編集後記
メディアだという意識はあまりない――。
情報発信という意味では、星野リゾートはメディアという存在からやや外れるかもしれない。しかし、「ぼくらのメディアはどこにある?」の企画当初からキーワードとしていた「体験」を提供するメディアだと考えればしっくりくる。良質な体験の裏にある「ニーズに応えない」「こだわりを押し付ける」などの確固たる意志も企業の魅力につながっている。
また、個人がメディア化しやすくなったという星野社長。ユニークなフェイスブック活用のなかにも、共感できるかどうか、本音で話せる人かどうか、わがままな本音をむき出しにするなど、SNS時代だからこそ気に留めたいことを聞くことができた。世界進出中の企業のトップである一方で、バーチャルなマイワールドを楽しむ一面もとても魅力的でした(佐藤慶一)

おわり。