科学界の「あの騒動」を彷彿!? 論文偽装に秘められた謎を解け!


【特別対談】伊与原新×朱野帰子~わたしの知らない理系の世界
写真:左から、伊与原新さん、朱野帰子さん

論文偽装にまつわる連続殺人を描いた傑作科学ミステリ『ルカの方舟』が文庫化された。2013年に上梓された本作は、2014年の科学界を騒がせた「あの騒動」を予言するような一冊だ。著者で元研究者の理系作家・伊与原新と科学大好き文系作家・朱野帰子が「研究者あるある」からポスドク問題、論文偽装まで徹底対談。「謎」に満ちた科学は、こんなに面白い!

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朱野 伊与原さんのお名前は以前からうかがっていたのですが、新連載「賢者の石、売ります」で疑似科学を扱うことになり、一度ご挨拶を、なんて思っていたところで、今回の対談のお話をいただきました。

伊与原 実は僕も朱野さんのお名前は伺っていました。『海に降る』に海洋研究開発機構、JAMSTECが登場しますよね。僕、そこで非常勤研究員をしていたことがありまして、お噂はかねがね。

『ルカの方舟』はワクワクが止まらない!

朱野 私はド文系で、自分が想像していた科学者の考え方の「正解」を小説で拝読するのがある意味怖かったのですが、『ルカの方舟』(以下『ルカ』)、すごく楽しく、面白く読ませていただきました。文系科学ファンが唸るポイントばかりで、お伺いしたいことがたくさん! まず冒頭が、カール・セーガン(1934―1996)の「私たちの惑星と太陽系は、宇宙の深奥という新たな大海に囲まれている。しかし、かつて地球の大海がそうであったように、それは渡れない海ではない。」という言葉の引用です。作中ではアストロバイオロジー、宇宙生物学がひとつのカギになるのですが、セーガンはその代表的な科学者ですね。

あらすじ/火星隕石に生命の痕跡が見つかった。世紀の発見を取材する記者・小日向に“ルカの末裔”と名乗る隕石論文の偽装告発メールが届く。研究室には、偽装疑惑の教授の遺体と、方舟型に固められた隕石が残されていた。火星隕石が秘めた、地球生命の“出身地”。偽装が隠す真実とは。Amazonはこちら

伊与原 セーガンは惑星探査に先鞭をつけた人で、「COSMOS」という教養番組にも出演した、NASAのスポークスマン的な存在でした。今のアストロバイオロジーは主に原始生命を扱っていますが、セーガンは知的生命探査にも力を注ぎました。

朱野 科学好きにはグッとくるポイントです。そのあと、生命の痕跡が発見された火星隕石「HYADES」の採取シーン、研究室への取材、論文捏造疑惑、と畳み掛けるように科学ネタが出てきて、教授の死で一気にミステリが立ち上がってきます。

論文捏造をはじめとした科学界の問題を扱う部分は、刊行時とSTAP細胞事件を経た今では違った重みがありますよね。

伊与原 実は『ルカ』は乱歩賞に応募した作品が元になっていて、原型を書いたのは2010年です。僕は当時富山大学で地球惑星科学(以下、地惑)分野の助教をしていたんですが、ヘンドリック・シェーンという偽装で大問題になった科学者の特集番組を見て、捏造、改ざん、盗用のいわゆるFFPの話を軸に、科学界の現状や殺人を絡めていけばミステリになると思いました。
確かにそのころと比べると、論文投稿や査読のしくみはかなり一般化したなと感じます。

朱野 ご自身のいる世界の「黒い部分」を書かれることに抵抗は?

伊与原 周りには明らかな不正をした人がいたわけではないので、罪悪感はそうありませんでした。ですが、ポスドク問題などについては、見聞きした話や何人かの状況を組み合わせている以上、あの人は嫌な顔をするだろうな、程度の思いはありましたね。