太宰が見た富士、私が見た富士
葛飾北斎 富嶽三十六景『凱風快晴』 〔PHOTO〕gettyimages

いきなりで恐縮だが、富士山の頂角が何度だかご存じだろうか。

答えをお教えしよう。東西124度、南北117度である。のろくさとした鈍角で、決して秀抜のすらりとした高い山ではない。ところが歌川広重の描く富士の頂角は85度。葛飾北斎の富士に至ってはほとんど30度の鋭角で、まるでエッフェル塔のようだ――と言ったのは私ではなく太宰治である。

太宰は、本物の富士山は〈低い。裾のひろがってゐる割に、低い。あれくらゐの裾を持ってゐる山ならば、少くとも、もう一・五倍、高くなければいけない〉と『富嶽百景』の冒頭でぶつくさ文句を言っている。

ま、これは太宰一流の諧謔だろう。多くの方にとって初めて目の当たりにした富士の壮麗さは驚きだったはずである。
 

 私は中学3年の冬、初めて富士を見た。東京の高校を受験するため、母親と一緒に熊本から寝台列車「みずほ」に乗ったときのことだ。

夜中に大阪・名古屋を過ぎた。朝、目覚めて窓際の席に座って駅弁を開くと、目の前に雪をかぶった富士山が現れた。私はその美しさに呆然として、手にしていた駅弁を落とした。

大学時代、友だちに連れられて冬の八ヶ岳やアルプスに登った。切り立った崖で転落の恐怖に脅えながら空の彼方を眺めると、いつも富士の姿があった。富士は私にとって美しいだけでなく、足の震える山だった。

しばらくして私は手痛い失恋をした。高校時代から付き合っていて、大学を出たら結婚すると決めていた相手だったので目の前が真っ暗になった。

何も手につかず、西荻窪駅で人波をぼんやり眺める日々を過ごした。晴れて、空気の澄んだ夕暮れにプラットホームから富士山が見えると知ったのは、たしかそのころだった。

赤く染まった夕空に蒼い輪郭の富士があった。それを眺めていると胸の痛みが和らいだ。以来、夕暮れの西荻窪のホームは特別な場所になった。