教育すると、人間は「弱く」なる! 各界から大注目の武術家・光岡英稔が明かす「強さ」のヒミツ
独占・最強インタビュー(1)

「最強」とは何か

文/尹雄大(ユン・ウンデ)

世の中には、ボクシングや総合格闘技、プロレス、空手に柔道とさまざまな格闘技や武道がある。それぞれの競技を勝ち抜いたチャンピオンもたくさんいる。

私自身、格闘技や武術を学んできただけに、彼らの見せる白熱した試合に手に汗にぎりもする。その一方、素朴にこう思う。

結局のところ何が最強なのか?

最強を問うと、「一対一で正々堂々と戦うべき」だとか「飛び道具は卑怯」「目突き、金的は危ないからダメ」といったことは言えなくなる。そもそも「ヨーイ、ドン!」で始まるような試合はありえない。あらゆる状況と時とを問わず、相手がどんな手を使おうとも「汚い」とは言えない。

そんな絶体絶命の状況を切り抜けてみせる術はあるのか? あるとすれば、それこそが最強の名にふさわしい。

ときおり想像はしても、試したことはなかった。表向きはまだ平和な社会でそういうことを追求するのは、漫画じみて思えたからだ。 

だが夢想ではなく、「いつどこでも誰とでも」を標榜し、実践している武術家がいる。光岡英稔という人物だ。

光岡英稔(みつおか ひでとし)
1972年岡山県生まれ。日本韓氏意拳学会(http://hsyq-j.blogspot.jp/)代表、および国際武学研究会(http://bugakutokyo.blogspot.jp/)代表。多くの武道・武術を学び11年間ハワイで武術指導。 2003年2月、意拳の創始者、王向斎の高弟であった韓星橋先師と、その四男である韓競辰老師に出会い、日本人として初の入室弟子となる。 現在、日本における韓氏意拳に関わる指導・会運営の一切を任されている。

19歳でハワイへ渡り道場を主宰、大東流合気柔術や空手等を指導してきた。道場の内に留まらず、ハワイアンやサモアンといった規格外の体躯をそなえ、ナチュラルに強い猛者たちと手を合わせてきた。あまり日本では接する機会のないフィリピンやインドネシアの武術の遣い手と渡り合ってきた。

また、銃社会ならではのシビアさも体験しつつ、ともかく「それはフェアではない」と非難する暇もない状況をくぐり抜ける術を研鑽してきた。

光岡の求める強さは、力づくで相手をねじ伏せることではない。また彼の述べる武術論は精神主義でもなければ、後先考えない蛮勇でもない。いざというとき単純な腕力や観念は無力であり、むしろ自分の可能性に目を向けないとやられてしまうからだという。

武術とは、相手を打ち倒す術はおろそかにはしないながらも、私たち自身がまだ知らない能力の可能性に目を向ける方便でもあるらしい。光岡が「最強」をひたすら目指す過程で発見した、私たちの体に備わる可能性について尋ねた。